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2006年9月15日 (金)

“名月”と“満月”の違い

このところ、また俳句ファンが増えていると言う。Dsc02399_1

わずか五・七・五の17文字に、風流を詠い、叙情・心情を表現する俳句には、文字の裏に奥深い重みを感じる。

私は詩を書き、詩集も出しているが、詩も言葉との闘いだ。書き連ねた言葉を削り、磨き、省きながら、心と重ねていく作業は、いつも葛藤ばかり。

たまに、俳句も書いてみるが、研ぎ澄ました感性・・・ではなく、鈍った言葉の羅列に終わる。

俳句と言えば、松尾芭蕉の名を思い浮かべない人はいないだろう。

その芭蕉の句に、

名月や 池を巡りて 夜もすがら

と言うのがあるが、この句の何がスゴイ!!って、『名月』と詠んだ月がスゴイのだ。

たんなる満月ではない、名月だ。名月は一年にたった一夜しか見られない月なのだ。それも、晴れて月が出ればこそ。

その名月が、池にも映り、2個も見られる夜・・・こんな滅多に無いいい夜に、家で寝てなんかいられない。一晩中、空の月&池に映る月を見ながら、池の周りを歩こう・・・さすが芭蕉。

こんなに名月に拘った芭蕉だから、『奥の細道』の道中、敦賀の港で、8月14日が晴れて美しい月夜だったので、翌15日の名月を楽しみに寝たのだろう。

名月や 北国日和 定めなき (北国の天気は変わり易いから、昨日はあんなにいい天気だったのに、今夜は雨で、待ちかねた名月が見られない)

と、嘆いている。毎年一夜限りの待ちわびた名月が、見られなかった無念さを詠んだのだ。

何度も書くが、旧暦8月15日の夜の満月だけを『名月』と言う。

他の月の満月は“めいげつ”と発音こそ同じだが、“明月”と書く。

名月の夜は、秋の季節・90日の真ん中 という意味の“仲秋(ちゅうしゅう)”の夜。

古来、中国では《中秋節》という行事があるが、日本には平安時代に伝わったとされる。

行事として初めて行われたのは、醍醐天皇の御代・延喜9年(909)の8月15日。

秋の季節の真ん中の夜、空は澄み、涼風も吹いて、満月はことのほか美しい。

秋の収穫を祝う《初穂祭》を重ねて、人々は月に“お供え”をして名月を賞賛し、十五夜の宴を楽しんだのだろう。

東京の今夜は、雨こそ降ってはいないが、残念ながら月は見えず、“名月”は来年に期待か・・・。

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