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2006年11月10日 (金)

江戸美人を作った“薩摩芋”

Dsc02444 「イモ姉ちゃん」だとか「あいつはイモだ」とか、田舎くさいとかダサイイメージに使われることが多い“イモ”。

それも大抵は薩摩芋に関連させて言っているが、とんでもないことだ。

イモ類は素晴らしい健康食材で、とくに薩摩芋はもっと見直されていいのだ。誉め言葉ことふさわしい。

現代人の課題の一つ・大腸癌の予防には、食物繊維を摂取して便通を整え、腸内を綺麗にしておくことが必須。

健康の基本は、快食・快眠・快便・・・お腹がすっきりしていないと快食は無理だし、お腹パンパンでは快眠も得られない。

お腹すっきりはまた、美人の条件でもある。“イモ姉ちゃん”なら快腸で美人になるはず・・・“イモ姉ちゃん”は誉め言葉であるべきなのだ。Photo_297

江戸時代に、娘たちに人気だったのは、『芋・蛸・南京(ドラマのタイトルではない、本当にある諺)』で、とくに中でも“栗より旨い十三里(焼き芋)”だ。

お菓子が大好きなパリジェンヌならぬ、焼き芋が大好きな江戸娘たち。

焼き芋が好きなら、便通も良く、当然ながら肌にブツブツなど出来ず、柳腰でスマート・・・評判の美人が続々と現れた。

当時、市販された『娘評判記』に名声をとどろかした“明和三美人”。

  • 谷中・笠森稲荷神社の境内にあった茶屋『鍵屋』の娘・お仙。
  • 浅草・奥山の楊枝見世『柳屋』の娘・お藤。
  • 浅草・大和茶屋『蔦屋』のおよし。

中でも、評判は断然お仙で、通称・笠森お仙と呼ばれ、大田南畝(おおた なんば)の書『半日閑話』に「美なりとて、皆人見に行く」と絶賛されている。

茶屋の中にはいかがわしい店もあったらしいが、お仙の茶屋は、神社の社務所兼用の茶店で、彼女は黒繻子の襟をかけた着物に裸足で塗り下駄、化粧っ気の無い清楚な姿。

肌は真っ白で艶々、男たちは老いも若きも、お仙見たさに茶を飲み、団子を注文したと言う。

今で言えば、人気アイドルの筆頭だったわけだが、彼女は人気に驕ることも無く、スキャンダル一つ無かった。

取り巻く男客たちには見向きもせず、幕府お庭番支配役の倉知政之助と結婚。多くのファンをがっかりさせた。

因みに、お仙は『鍵屋』の実娘ではなく、五兵衛という農家の娘という説があり、そこから薩摩芋が届いていたのかも・・・。

日比谷門近く・桜田の御用屋敷に住み、夫婦仲良く、男児7人・女児3人の子宝に恵まれて、内助の功をよく果たし、79歳の長命で天寿を全う。

夫が先立ってから、21年の間は孫たちと元気に過ごしたと言われるが、当時としては、すこぶる元気なお婆さんだった彼女の楽しみは、お茶を飲むことだったそうだ。

冬のお茶うけは、きっと薩摩芋。

薩摩芋は肥る・と敬遠するのは誤解。間食として美味しいからと食べ過ぎるから肥るので、薩摩芋じゃなくても、何だって食べ過ぎれば肥る。

おかずの一品、または主食代わりに食べる分には、同じ量ならご飯よりはヘルシー。

お仙のように・・・とまではいかなくても、お腹すっきりで肌も綺麗、その上健康長寿なら『イモ姉ちゃん』大いに結構。

私も『イモ婆ちゃん』で頑張るぞ!。

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