« ズワイガニは格安の雌「セイコ」がお得 | トップページ | 自分で作る簡単「きりたんぽ鍋」 »

2007年1月27日 (土)

日本人は“蜜柑”好き

日本人は大の“蜜柑”好きだ。

何しろ《コタツ》という、世界にも類を見ない寛ぎ暖房が“蜜柑”消費に拍車をかけたかも。

コタツに入っていると、なぜか蜜柑に手が伸びる。

ただ、最近は我が家のように椅子生活で、炬燵が無い家も多いだろう。

コタツでミカンも、ソファで今風に洒落るなら紅茶に柑橘砂糖煮か?。

柑橘薄切りの砂糖煮(クリスタルフルーツ038_1

  • 薄切りの柑橘を砂糖で煮詰める。
  • マロングラッセやチェリー、プルーン、干し杏なども盛り合わせるとお洒落なティータイムに。

そんな蜜柑の生産量は果物総生産の6割を占める。

いまでこそ、冬のスーパーにも多種類の果物が季節を問わず並んでいるが、ハウス栽培が盛んになるまでは、真冬の数少ない果物だったのだ。

暮れの冬至には柚子、正月飾りには橙、コタツの上には温州ミカン、ちょっとお洒落な肉料理にはオレンジ・・・。

日本のミカンの歴史は『古事記』や『日本書紀』を始め、弥生時代後期の『魏志倭人伝』にも、古来の果物として“橘(タチバナ=ミカン)”が登場する。

それらは、多分、中国・朝鮮からの渡来人がもたらしたか、渡り鳥によって運ばれた種からの実生だと思われる。

いろいろな柑橘類が育った中で、一番人気なのは『紀伊国屋文左衛門と紀州ミカン』の逸話で知られる“温州ミカン”だろう。

この温州ミカンは、アメリカでは「テレビジョンオレンジ」と呼ばれた。

手で簡単に皮を剥くことが出来て、テレビを見ながら食べられると好評だった。

温州ミカンの元は、ヒマラヤ山麓に生まれ、その種子がヒマラヤを越えて中国に育ったが、それは中国で官史を意味する“Mandarin(マンダリン)”と呼ばれた。

その種子が日本に入り、突然変異で種の無い単為結果になり、鹿児島県の不知火海・長島で発見された。それが日本独自の温州ミカンになった。

温州ミカンが海外で Satsuma Mandayins とかSatsuma Orange と呼ばれる由縁だ。

因みに、温州とは中国・浙江省にある地名だが、そこには日本の温州ミカンのような種無しのミカンは無い。

ミカン天国とも言える、日本のミカンも育種研究が進んで、新品種が次々に生まれた。

温州ミカンに次いで人気がある伊予柑、初夏に出回る甘夏と八朔、達磨に似た形がユーモラスな三宝柑・・・他にも、福原オレンジ、ニューサマーオレンジ、文旦(ザボン)、金柑・・・タンゴール(系統は清見など)やタンジェロ(系統はミネオラなど)。

ミカンは心を優しくする。去年は“冷凍ミカン”が見直された。庶民的で人懐っこい、明るいノスタルジーが感じられるのだ。

芥川龍之介の『蜜柑』の一部粗筋を。

ある曇った冬の夕暮れ、「私(主人公)」は憂鬱な気分で二等車に揺られていた。

前の席に、身なりの貧しい田舎の娘が座る。

その娘は無理やり窓を開け、ちょうどトンネルにさしかかった車内には、冷たい風と黒い煙や煤が入り、「私」の顔にまともに吹き付けた。

喉を害していた「私」は、息もつけないほど咳き込み、娘を怒鳴りつけようとした。

その時、汽車はトンネルを抜け、娘と同じように貧しい身なりの男の子が三人、汽車を見上げて喊声を上げている。

その瞬間、娘は手を伸ばし、勢い良く左右に振ったと思うと、男の子たちの頭上に「心を躍らすばかりに暖かな日の色に染まって」蜜柑がバラバラと降ってきた。

そうして「私」は、その時一切を理解した。

娘は見送りに来た弟たちの労に報いるために蜜柑を投げたのだ。

憂鬱だった「私」の心に「或る得体の知れない朗かな心持ち」が湧き上がり、「言いようのない疲労と倦怠」と「退屈な人生」を僅かに忘れることが出来たのだ。

ミカンはどんな薬より、心と体を健やかにしてくれる、神からの贈り物だ。

« ズワイガニは格安の雌「セイコ」がお得 | トップページ | 自分で作る簡単「きりたんぽ鍋」 »

応援してね!

  • 人気ブログランキングへ
2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ