« 自家製「豚バラハム」 | トップページ | 自家製のガンモドキ »

入梅イワシの美味しさ

Photo_150 そろそろ梅雨になるようだ。

梅雨の頃は、マイワシが“入梅イワシ”と呼ばれて、美味しい時季とされる。

鰯の主流は、ニシン目ニシン科のマイワシだが、かつて大衆魚=下魚とまで言われた鰯が、最近では漁獲量の減少で高級魚になりつつある。

ほかに一般的なのはウルメイワシ(潤目鰯)、カタクチイワシなど。

鰯の語源には、幾通りもの説がある。

※陸揚げすると直ぐに弱る=弱い魚=弱し(よわし)の訛化説。

※稚魚が他の魚の餌になる=小さくて弱い=弱し(よわし)の訛化説。

※身分が低い(卑しい)人が食べた=卑しい魚=卑し(いやし)の訛化説。

いろいろあるが、漢字は前者の説から出来ている。

平安時代、身分が高い人は食べないと言われた“鰯”を日常的に食べて、夫との諍いが絶えず、結局“鰯”が原因で離婚したのが、かの紫式部

イワシを食べていることを咎めた夫の藤原宣孝に、紫式部は反撃の和歌を。

日の本に はやらせ給う いわし水

     まいらぬも あらじとぞ想う

<いま一番人気の【石清水八幡宮】に参拝しない人はいないでしょう>と、石(岩)清水とイワシを引っ掛けたもの。

因みに、この清水は、女性の肌をきれいにすると評判だったそうで、「イワシは肌艶を良くするのよ」と言ったも同じ・・・亭主としては、反論出来まい。

また、江戸時代に質素倹約を奨励・実践して、玄米一椀+糠みそ+目刺し一本の生活をしたのは、なんと春日の局

彼女は当時にしては、健康で長生きした女性としても知られる。

卑しいといわれようと、鰯は美味しくて栄養のある魚。

DHE・APEなどの講釈が無くても、昔から知的な女性は鰯を食べていたのだ

痛みやすい魚だから、目刺しやつみれ、蒲鉾に加工されることが多いが、鮮度のいいマイワシは刺身が美味しい。

『イワシコ、七へん洗えば、鯛の味』と言われ、人によっては鯛より美味だとも言う。

塩焼き、フライ、酢の物や酢締め、煮付けもいい。

マイワシの照り照り焼き(2人分)163

  1. イワシ(4匹)は、頭と内臓、中骨を取り小麦粉を塗す。
  2. エノキ茸(1/2袋)は根元を切り落とし、分葱(2~3本)は5センチくらいに切る。
  3. フライパンに油少々を熱し、2を炒め、塩・胡椒で調味して取り出す。
  4. そのフライパンに油を少々足して、1を皮目を上に身から焼き、両面を焼いたら取り出す。
  5. フライパンを良く拭いて、醤油と水(各大1/2)、酒とケチャップ(各大1)を入れ、熱くなったら4を入れて味を絡める。

※フライパン1個で出来ちゃう、誰でも好きになる一品。

こってり味がご飯に良く合うので、丼にしてもいいかも。

**********************************

梅雨の季節になると、忘れられない思い出が蘇る。

その時に書いた詩だが、評価が高く、詩集が【文部科学省・推奨図書】【小中学校・夏休み推薦図書】に選ばれた。

      《雨》

昼間の好天気を 引っくり返して大粒の夕立

窓を叩く雨に 

私の刻(とき)が 過ぎた日に戻っていく

.

母であることに鍵をかけ

家を出た足は

毎日時間と競争していた

突然降り出した雨が

傘の迎えも無く ずぶ濡れで

重くなったランドセルに

肩を落として学校から帰る

小さな息子の涙に思えて

私も 傘を注さずに歩いた日

.

いまなら 傘を届けてもやれるのに

十四歳になった息子は

もうそれを望みはしない

.

私は 追憶の中で

息子を迎えに走る

.

*******************************

ご感想をいただければ嬉しいです。

また、こんな詩が詰まった詩集ですが、当時は、メディアの新刊紹介や、各地の地方紙の評論で、かなり好意的に取り上げられました

少し、残部があります。オフレコでご住所を頂ければ、無料で差し上げます。

Banner2_30 人気blogランキングの応援をして頂けると嬉しいです。

にほんブログ村 料理ブログへコチラも応援してくださるともっと嬉しいです。

|

おすすめサイト」カテゴリの記事

グルメ・クッキング」カテゴリの記事

旬の食材」カテゴリの記事

食文化」カテゴリの記事

コメント

本当に、
なんだか私にぴったりあった詩のようで
ぐっときました。
うるっときました。
これはもちろん、実体験をもとに
書いた詩ですよね。
思わず、息子をながめてしまいました。

投稿 koo | 2007年5月24日 (木) 20時14分

koo様
ちょうど私が、編集長になった時です。
企画会議や、締切日前後は、家に帰れない日もありました。

出先で、雨が降り出し、走って帰る男の子が、皆息子に見えましたよ。

折畳傘を開くのも忘れて、ただ辛かった・・・。
でも、息子が「ボク、マミの本が好き、友達に自慢してるんだ」って、その言葉が支え・誇り・・・総てでしたね。

投稿 ば~ば | 2007年5月24日 (木) 20時31分

こんばんは^^。
とっても嬉しいお料理ありがとうございます!
鰯は最近店頭に並んでいますが、割りと大きさがあり
煮付けしか思いつかなかったんです。
小さい頃、母が鰯の煮付けをよく作ってくれて食べていたせいか
今はあまり食べたいとは思わなくなってしまって。
でもフライでもなく蒲焼きなら油もたくさん使わないし
また違った鰯の食べ方が出来そうです^^。
“知的で骨密度の高い健康な”女性になれるようさっそく今度試してみます!

そして、kooさんも書かれてましたが、
ば~ばさんの体験なのかなと勝手ながら想像しました。
“母”という役割に鍵は鍵をかけたけれど
“母心”には、きっと鍵をかけることが出来なかったんですね。
情景を目に浮かべるととてもせつなくなる詩です。
ば~ばさんはこういったお仕事をされていたんでしょうか…。

投稿 あんのしん | 2007年5月24日 (木) 20時39分

あんのしん様
鰯は、蒲焼にすると、いつもの鰯じゃない顔をみせます。
美味しかったですよ。
ちょっと、ご飯が欲しくなって、増量中の私は要注意でした。

編集者の世界には、個人的な時間はありません。
自分の都合なんて言っていられず、執筆者と締め切りとに合わせ、追われ・・・とにかく配本日を間に合わせる。

その後は、読者の評価待ち、胃がキリキリしますよ。

投稿 ば~ば | 2007年5月24日 (木) 21時10分

こんばんは
なんだか、ぐぐっと来る詩ですね。
華やかそうなご職業も、実際には精神的・肉体的に厳しいものだったんですね。

投稿 hiroko | 2007年5月24日 (木) 22時32分

ばーば様のリアルタイムで「母親」だった時が思い浮かんで、
とても切なくなりました。
きっと、私が親になり、
その立場でこの詩を読んだら
また全然違うんだろうなぁ・・・。
リアルタイム「母親」のばーば様の詩集、欲しいです!
ばーば様の過去を紐解いて、
感じてみたいなぁと思ってます。
ばーば様の大切な詩集、もし私でよければください

しかし、息子くん優しい子ですね~!!
「ボク、マミの本好き。友達に自慢してるんだ」
って、14歳の男の子がなかなか言えないですよ~。
素直で真っ直ぐに育った息子くん。
母の愛がちゃんと伝わってたんでしょうね♪


投稿 みえり | 2007年5月25日 (金) 00時20分

いい詩ですね~ば~ばさんの息子さんに対する思いが感じられます~
マグロ君にも・・こう言う時がいずれ来るのですね~

親離れする・・息子・・・ちょっと悲しい気がしますね~


今日・・・あいにくの雨ですが・・・アンノーンに出没予定です~
ば~ばさん・・如何ですか?

ぽちっと!

投稿 マグロ君 | 2007年5月25日 (金) 11時01分

こんにちは。甚平です。

かかった鍵は
いつか、どんな形であれども
息子さんからでもば~ばさんからでも
必ず開けられるところが
親の心情の吐露に留まらず、
親子の妙を実に捉えていると感じました。

私は子供がまだいませんが、
社会に出るまで親にぶつけていた感情が
いつのまにか感謝に変わっていたのは
自分でかってにかけていた鍵を
結局は自分で開けていました。

自分が親になると
逆の立場でそういう経験をするのかと思うと
人生っていいなぁとしみじみ感じてしまいました。

投稿 甚平 | 2007年5月25日 (金) 12時37分

hiroko様
本の編集は、まず季節が3ヶ月ほど早いですから、食材も景色も合わせるのが大変。
執筆者や、取材先のスケジュールに合わせて動くのも大変。
相手先の営業を邪魔しないように、カメラマンの位置や行動を合わせるのも大変。

自分の体も時間も自由にならないことが多かったです。

投稿 ば~ば | 2007年5月25日 (金) 13時53分

みえり様
☆私の詩集、貰っていただけるとの事、光栄です。
コメントの返信機能を使って、オフレコで住所をお知らせください。

さて、「マミの本が自慢」と言ってくれた息子は、当時小3くらい(8歳?)でした。
その後、息子が14歳の頃に、私はフリーになって、時間が出来たのですが・・・。
その時には、女性徒たちにモテてたようで、傘を貸してくれる子や、送ってくれる子がいたんですね。
もう、オカンの出番は二度と無かったですね。

投稿 ば~ば | 2007年5月25日 (金) 14時10分

マグロ君様
【吉川水産・創業祭】、まずは初日に行って来ました。
出来れば、日曜にも再度と思ってま~す。
今夜、またリンクしちゃいます(勝手に・・・)。

息子は、娘以上に親離れが早いですよ。
ご自分の思春期を思い出してください。
心中では親を思っていても、友人や彼女の手前、突っ張っていませんでした~。

投稿 ば~ば | 2007年5月25日 (金) 14時18分

甚平様
当時は、銀座で生活しているかと思うほどでしたね。

仕事をしている間は、仕事だけ考える人間でいたいと思いながら、徹夜が続いたり、出張が続いたりすると、ふとまだ小さい息子の顔がチラついたりして。

でも、数年もすると、子供はもうすっかり親の手を借りずに何でも出来るようになってますね。

近頃では、久しぶりに逢うと「転ぶなよ」「無理すんなよ」と、労わられる一方ですね。

投稿 ば~ば | 2007年5月25日 (金) 14時27分

ば~ばさん・・今日は是非・・アンノーンに来てください・・・
なぜかと言うと・・・マグロ君はもちろんですが・・・
ムシコさんも来てくれそうです~

チャンスチャンス・・・!

投稿 マグロ君 | 2007年5月25日 (金) 14時27分

体験した方にしか生み出せない、想像では綴れない言葉ですね。
重みを感じました。
息子さんや娘さん、その頃でも母の愛は伝わっていたとは思います。
そして色んなことが分かるようになってから改めてこの文章たちを
読んだ時の感動はまたひとしおでしょうね・・・。
言葉のお裾分けをありがとうございました。

投稿 ダブチ | 2007年5月25日 (金) 14時29分

ダブチ様
うれしい言葉をありがとうございます。

いつまでも、子供の傍で、見守っていたい。
母親は、みんなそう思います。
でも、反面、自分も社会に出て働きたいとも・・・。

子供が手を離れる日を待っていたら、もう仕事を選んで社会に出るチャンスがなくなります。

息子が2年生になった時に、決心しました。
一番、応援してくれたのは息子でしたから。

投稿 ば~ば | 2007年5月25日 (金) 15時32分

コメントを書く