土用の丑だ『鰻』だ
土用の丑、昔から「う」のつくものを食べると精が付くと言われ、鰻や牛肉がもてはやされてきた。
特に、牛肉は昨今のことだが、鰻を食べる歴史は江戸時代からだ。
土用とは、立秋までの18日間を言う。 つまり、20日が土用の入りだったから、暦の上では、あと数日で秋なのだ。
土用の頃は、海や山が荒れる・・・人間の体調も乱れる。
夏のスタミナ維持には『鰻』がいい・・・とは、万葉の昔から認められ、奨められてきたのだが、江戸時代に爆発的に人気が上がった。
あの有名な医師・平賀源内が、贔屓の鰻屋が夏の熱さで売れ行き不振で困っていると聞き、《土用・丑(うし)の日は頭に“う”の付く食べ物を》と書いて軒に貼らせた。
当時は四足禁制・・・なれば牛と言う事は無い、“う”と書いて鰻屋に張り出せば、誰だって鰻と思い込む。
まして当時の鰻は、オカズと言う以上に薬の意味があったのだ。
仕掛けは大当たり、年に一度くらいの贅沢は・・・って言うので、江戸っ子の心を捉えた。
『女房を質に措いても初鰹』と同じ意気込みだ。
『土用の丑の日は鰻』、これを食わなきゃ江戸っ子が廃るって、鰻屋は大賑わい。
天然鰻は、胸鰭のところがちょっと黄色味を帯びている。『胸黄=ムナギ』が訛って鰻になったようだ。
これは、江戸は武士優先社会、腹を切る(切腹)は縁起が悪いと忌み嫌ったからだ。
蒲焼の調理も、関東では蒸して脂を抜いてからタレで焼くので、箸ですぐに切れるほど柔らかい仕上がりだが、関西では串を打って素(しら)焼きにし、タレで仕上げるので歯応えも残る。
どちらで焼いても、鰻には良質の蛋白質と脂肪、ビタミンA・Eが豊富で、体力回復にはもってこい。
暑い盛りの滋養補給に『土用の丑の日には鰻』を摂る習慣が、続いているのだ。 ただ、近年は国内産の稚魚の漁獲量がめっきり減って、まさにウナギ稚魚の卸値は“ウナギ上り”。
さらには『割き3年、串打ち8年、焼き一生』とウナギ職人が座右の銘にしている修業に付いていけない若者が増え、職人不足。
輪をかけて、中国などから加工済みのウナギが入ってくる。
その輸入鰻のいく手にも怪しい雲行き・・・国内産、手焼きのウナギは庶民から、どんどん遠いところに・・・。
なんて嘆きながら、国内(鹿児島)産・手焼き鰻を食べに行ってきた。
息子のマンションのすぐ近所、小金井本町の【美登里】。
隠れたる名店だったのに、最近“TV朝日「ちい散歩」”で地井武男が小金井公園周辺散歩中に立ち寄って紹介。
「旨い、旨い」と激賛して、一躍名が知れ渡り、いつも満席状態。
常連が食べ損なう人気なのだ(はやり風が通り過ぎるのを待つことかな)。
この店の見ものは、何と言っても鰻の捌き、焼き、蒸し、タレ焼き・・・の一連の技がカウンター越に全部見える。
桶の中でクネクネと動くのを、素早くスッと掴むと、俎板に・・・。
そこに背中から包丁がツゥーッ!!
生きている鰻を目の前で捌き、串を打ち、焼き上げる。
一連の作業が丸見えでも、気持ち悪いという人など無く、「アレが私の分かな?」と食欲中枢がどんどん刺激され、みんなカウンターを覗き込むように焼き上がりを待っている。
昼に行ったので、¥1500のランチ(うな丼、う巻き、肝吸い、サラダ、香の物)。
夜はセットもいいが、好みで注文するのをお奨め。
蒲焼は¥1100~1900、他に吸い物やう巻き、うざくなどの単品あり。
ちょっと焼き上がりを待ちながら、う巻きで一杯、肝焼きで一杯・・・で蒲焼、肝吸いになっても、二人分で財布から諭吉さんが1人出て、英世さんが2~3人戻って来る嬉しい値段。
あまり、他人に教えたくなかったが、TVに出ちゃったら・・・ね。
因みに、鰻が大好きだったという、かの北大路魯山人は「養殖鰻でもよい餌を食べている時は美味いし、天然のうなぎでも彼らの好む餌にありつけなかった時は、必ずしも美味くはないと言える。
要は餌次第である。天然に越したことはないが、養殖の場合でも、それに近いものが望まれる」と、冷静な判断をしている。
その魯山人、「私の体験から言えば、鰻を食うなら、毎日食っては飽きるので、三日にいっぺんぐらい食うのがよいだろう」と言った。
エッ、いくら好きな鰻でも、三日にいっぺんは~~。
魯山人、さすがである。
鰻の食べ方には、白焼き、雑炊、茶漬け・・・八幡巻きもあるが、「やはり鰻は蒲焼に落ち着く」と、池波正太郎の言。
《ば~ばの食べ物事典》を作りました。ご参考になれば幸甚。
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