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2007年8月

2007年8月31日 (金)

野菜の日に「ラタトゥイユ」

8月31日は、8・3・1(やさい)、“野菜の日”なんだそうだ。

夏は葉物野菜の季節、そしてこれから秋本番に向けては根菜の時季。

そんな、端境期に、夏野菜の名残いっぱいの「ラタトゥイユ」。Dsc01015 Dsc01550 638

トマト ・ 茄子 ・ ピーマンなどの夏野菜に、玉葱ニンニクなどを加えた、野菜メインの料理。

スッゴク簡単で、たくさん煮込んでパスタやリゾットにも応用できる、夏の終わりの優しい一品。

ラタトゥイユ(4人分)494

  1. 玉葱(1個)は乱切り、トマト(4個)は皮と種を取り除いて3cm角切り、茄子(4個)は皮を剥いて1cm厚さの輪切り、ピーマン(赤&緑各2個)は1cm角切りにする。
  2. 鍋に油を熱し、ニンニク微塵切り(1片分)を入れ、玉葱~トマト~茄子~ピーマンの順に加えて炒めていく。
  3. ブーケガルニ(ロリエ&セロリ&パセリの茎の束)を入れ、塩・胡椒を少々で調味。
  4. 30分以上、弱火で煮込んで仕上げる。

※ズッキーニや人参、そのほか冷蔵庫の夏野菜を使える整理料理。

明日から9月、秋らしく、こざっぱりして旬の味を迎えよう。

《ば~ばの食べ物事典》を作りました。ご参考になれば幸甚。

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2007年8月30日 (木)

胃に優しい“リンゴ”の和え物

Dsc02877

リンゴが出回る季節になった。

日本の果物では生産量がトップ。

また、品種の多様さでは世界一と言われる。

現在、市場に出ているリンゴのルーツはアメリカやフランスから導入された西洋リンゴだ。

日本には、元々、中国から伝来した野生の“林檎”があり、これと区別するために、当初は西洋リンゴは“苹果(へいか)”と呼ばれた。

『一日一個のリンゴは医者要らず』と言われるリンゴは、整腸効果も高く、塩分の排出に欠かせないカリウムも豊富。

ストレスから来るイライラを静める鎮静効果もあって、健康維持食品として知られる。

子を近く 呼び寄せてより 林檎剥く  秀子

リンゴは明治初年に106種の西洋リンゴが導入され、青森や北海道などに配分された。

ただ、当時は栽培技術がまだ未熟だったので、大半の苗木は死滅、十数種が生き残った。

その後、東北各地のリンゴ試験場などでの栽培技術向上の研究や努力と、新たに導入された西洋リンゴの苗木との交配で、リンゴの品種は本国を凌ぐまでに多様に発展した。

中でも、リンゴ王国・青森の発展の陰には、二人のアメリカ人の大冒険が絡んでいる。

昭和6年(1931)、それより四年前のリンドバーグの大西洋無着陸横断飛行に刺激された、ハーンドンとバングボーンの二人のアメリカ人が、青森県淋代(さびしろ-現・三沢)から、ワシントン州ウェナッチに向かって太平洋無着陸横断飛行を決行した。

二人は単葉のミス・ピードル号で、7400kmを41時間11分で飛んだ。

その快挙を支えた、淋代の町民たちは、飛び立つ際に、特産のリンゴ・紅玉&国光を持たせた。

二人の着陸地・ウェナッチも、アメリカ有数のリンゴ産地だ。

二人の飛行士は返礼の意を込め、翌年、ウェナッチ特産のデリシャスの穂木を送った。

この穂木を接木したデリシャスを父や母として、青森では次々にデリシャス系の美味しいリンゴを生み出し、王国の基盤が出来たのだ。

ふじ、むつ、ジョナゴールド、王林、そして世界一・・・etc。

最近“サン”が頭に付くリンゴが人気だが、サンは太陽・・・陽を浴びて育った“無袋リンゴ”のことなのだ。

因みに、アップルとは果物そのもの・・・リンゴとは似てもいないのに、パインアップル、シュガーアップル、スターアップルなどと、アップルが付くのは果物という方の意味。

リンゴとハム、胡瓜のおろし和え(2~3人分)847

暑さに胃も疲れる、サッパリした食感と、リンゴや大根おろしの整腸効果で胃に優しさを。

  1. リンゴ(1/4個)と胡瓜(1/2本)は1cm角切りに、ロースハム(薄切り4枚)はイチョウ切りする。
  2. 酢(大1&1/2)、砂糖(大1)、塩少々を良く溶き混ぜ、軽く水気を切った大根おろし(100ccくらい)を混ぜて“おろし大根酢”を作る。
  3. 食べる直前に1を2で和えて、器に盛り、あれば防風などあしらう。

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2007年8月29日 (水)

舞茸と蛸のニンニク炒め

爽やかな舞茸の香りと、その独特の歯応えでがさらに美味しくなる。

しかもニンニクの香りで食欲増進。のタウリンで夏バテ回復。

931 舞茸は、茸の中では一番、美味しく濃厚な出汁が出る。

昔は、天然には希少で、僅かしか採れず、見つけた人は小躍りして喜んだと言われる。

それが一説では“舞茸”の語源由来(『今昔物語』とも・・・。

ただ、この説では食べたのは、“ワライタケ”だと後説があり、語源由来から外されている。

茎が分岐して多数の傘が重なり合い、ヒラヒラと舞っているように見えるから付いた名だとも言われるが、今ではこれが定説。

1979年に、人工栽培に成功して、価格も安定してからは、年中市場に出回り人気も高まった。

サルノコシカケ科マイタケ属で、東北地方のブナやミズナラの原生林の、主に老木の根元に、大きな株として生えている。

市場にでるほとんどは栽培物だが、天然物の濃い味と香りには及ばないという。

そこで最近は、天然物の風味に近づけるべく、自然のブナやミズナラの老木に菌床を植えて育てる研究が進んでいる。

天然物が採れるのは9~10月、3年ほど前に福島の山の宿で、一度だけ天然物の天婦羅を食べたが、確かに香りは強かった。

買うとすれば、大きな株なら「万札だよ」と言われた。

グルカンなどの多糖類が豊富で、抗癌作用があるとも言われる。ビタミンDも多い。

水洗いをしないで調理する方が、調理し易い(水を含み易く、水気があるとべッチョリ)。

茹でると茹で汁が茶色になり、他の食材に色移りがするので、見た目をキレイに仕上げたければ、下茹でして使う。

ただ、折角の香りや出汁も大事に思うなら、そのまま使おう。

どんな料理法にも合い、どう調理してもいいが、火を通し過ぎないことがポイント。

※生で茶碗蒸しなどに入れると、舞茸の酵素で卵液が固まらない。

舞茸と蛸のニンニク炒め925

  • オリーブ油に微塵切りのニンニクを入れてから熱し、解した舞茸と一口大に切った茹で蛸を加える。
  • 舞茸に火が通ったら、醤油少々を回し入れて火を止める。
  • パセリ微塵切りなど散らす。

最近は、白い舞茸も登場した。

他の食材に色移りはしないが、茶色のものより香りや味が薄い。

舞茸は北米やヨーロッパにも自生するそうだ。

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2007年8月28日 (火)

夏バテ気味に「麦とろ飯」

暑い日に飲みたくなる「麦茶」。Photo

これにはちゃんと訳があって、汗と一緒に体内のカリウムが失われるからだ。

カリウムが不足すると、筋肉の収縮活動などが順調にいかず、“ダル~イ”原因になるという。

だるさは夏バテの初期症状、でカリウムを含む麦茶がいいのだ。

となると、麦、とくに大麦の加工品はお奨め・・・?。

昔は“麦こがし(はったいこ)”なんていうオヤツもあった。

ン、それじゃビールなんて最高かな、やはり夏はビールだったか!。

この大麦は、1万年も昔から栽培されていたといわれ、原産地は西アジアから中央アジアの乾燥地帯。

日本には、3~4世紀頃に中国、朝鮮経由で伝わり、縄文時代から栽培され、米と同じく食生活を支えてきた穀物なのだ。

大麦は、穂の数からニ条種と六条種に分けられ、二条種は主にビールなどの醸造用の原料に、六条種は麦飯用の精麦や、味噌・味醂などの原料に使われる。

麦を米に混ぜて炊く“麦ご飯”は、つい最近までは庶民の当たり前の食事だった。Photo_2

ただ、大麦にはポリフェノールが含まれるので、炊きあがってしばらくすると、麦ご飯が黒ずんでくる。

それに抵抗感を持つ人が増えて、今ではこのポリフェノールを押えた大麦開発も進められているというが・・・。

精白された米に比べると、10倍もの食物繊維を含む大麦。

他にも、カルシウム、カリウム、鉄分、ビタミンB1などなど、栄養的にすぐれた大麦は、積極的に摂りたい食品なのだ。

『脚気に麦飯』と言われるのはビタミンB1があるからだし、『麦飯を食べると腹具合がいい』と言われるのは食物繊維が多いからだ。

かの徳川家康は、健康管理に気を遣ったことでも知られる。

なにしろ、人生50年といわれた当時に、75歳まで長生きしたのだ。

しかも、死ぬまでカクシャクと元気だったのだから、長生きの理想といえる。

その家康は、その気になれば山海の珍味が幾らでも食べられる立場だったが、彼は和食の基本“米と大豆”を徹底した。Photo_3

しかも白い飯は食べ過ぎるからと、麦飯と味噌汁。

この組み合わせは『家康定食』といってもいいくらいのお奨めセットで、トロロなど添えればバッチリの健康・健脳食。

そのトロロも、刻んだオクラなど混ぜて、さらにパワーアップ。894

麦には、縦に俗にいう“ふんどし”があるが、この黒い筋が栄養のもとなのだ。

米は精白されると丸裸になるが、麦はどんなに精白しても“ふんどし”を外さない。

麦は礼儀正しい!!

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2007年8月27日 (月)

サンマの梅酒煮

今年は秋刀魚が豊漁・・・の気配。Photo_2

既に丸々と肥って、口先の黄色い立派なのが¥98~¥150。

この秋は、何度も食卓に秋刀魚が登場しそう・・・我が家もこの数日、刺し身、塩焼きと今日が3度目。

秋刀魚の季節になると、無性に庭や七輪が恋しくなる。

焼き魚は、炭火で焼ければそれにこしたことは無い。

とくに秋刀魚は、七輪でモウモウと煙を上げて焼くのが一番・・・とは言え、現代の一般住宅では、余程庭の広い一軒家でもなければ無理。

隣家と接していたり、まして集合住宅では、願うだけ・・・グリルでさえ気が引ける。

秋刀魚は、ほかに秋光魚とも、銅况魚などと書くが、いずれも体形の細さと光る皮肌を刀に見立てている。

元は細さから“狭真魚(さまな)”からと言われ、関西では“サイラ”と呼ぶところもある。

江戸時代には、形がサヨリに似ているが沖でしか獲れないからと“沖サヨリ”と呼んだと言う。

当時は、この“沖サヨリ”の干した物を「三摩(さいま)」と言っていたが、それが「三馬」の当て字に変わり、やがて塩漬けも生も総て“サンマ”と呼ばれるようになったらしい。

近海物は、9月末から10月にかけてが旬で、とくに房州沖のものが美味しいと定評がある。

この時季は『秋刀魚が出ると、按摩が引っ込む』と言われるくらい、栄養価も高く、脂肪に富んで美味。

尾の付け根の辺りが黄色くなるほど、脂の乗った秋刀魚ならばこそ、炭火でジュウジュウいわせて焼きたい・・・焼き立てに大根下ろしをたっぷり添え、いい醤油で食べる醍醐味・・・庭の広い方は、ぜひ七輪で。

『秋刀魚、苦いかしょっぱいか』と、佐藤 春夫の詩でも思い出し、“青い蜜柑をしたたらせ”も良し、内臓のほろ苦さも味わいながら、存分に秋の味覚を楽しもう。

塩焼き、付け焼き、味噌焼き、蒲焼などのほか、煮付けもいいし、バター焼きやフライ、唐揚げ・・・何にしても美味しい。

一夜干しもまたいける。鮮度が良ければ刺身、締め秋刀魚、マリネにも。

秋刀魚の当て字に先の“三馬”というのもあるが、これでは落語に出てきそう。

落語で、思い出したが『目黒の秋刀魚』という噺がある。

あれは、実話がもとになっていて、三代将軍・家光が、鷹狩りの折に空腹から、目黒村の茶店に立ち寄り、そこで焼きたての秋刀魚を食べて大層気に入ったと言う話。

将軍は「秋刀魚は目黒に限るのぉ」と言ったそうだが、日頃は冷めて味の落ちた秋刀魚を食べているのだから、焼きたての美味しさにビックリしたのだ。

もっとも、この時のサンマは「ハンジヨのサンマ」で、房総沖で獲れたサンマは、直ぐに薄塩が振られて、早舟で築地に運ばれた。

この薄塩が“半塩”で、江戸っ子訛りで「ハンジヨのサンマ」になったわけだ。

江戸市中に出回る頃には、この薄塩が程よく馴染んで、天下一品の味加減になったと『魚鑑』(1831年刊行)にも載っている。

目黒では、秋のイベントとして、焼いた秋刀魚を振舞っている。

サンマの梅酒煮(2人分)630

  1. サンマ(2尾)は、頭を切り落とし、ハラワタを出して良く洗い、二つに切る。
  2. 生姜(半片)は皮付きのまま、繊維を切るように薄切り。
  3. 鍋に2と、梅酒(180cc)、梅酒の実(2個)、醤油(大2)を入れ、煮汁がフツフツしたら、水気を拭いた1を並べて入れる。
  4. 蓋をして、始めは強めの中火、煮立ったら少し火を弱めて、時々サンマに煮汁をかけながら、15分ほど煮る。
  5. サンマにしっかり味が絡んだら、梅や生姜も一緒に盛り付ける。

※梅酒は、実入りのワンカップを使ったが無ければ、酒と梅干で・・・その分醤油を少し減らして煮てもいい。

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2007年8月26日 (日)

ワサビ菜って?

わさび菜、山葵の花や葉のことではない。

プリーツレタスのプリーツをもっと細かくしたような、明るい緑色の葉。907

中原採種場(株)のHPには「ダイコン葉に似た大きな欠刻がある葉形で、葉面がチリメン状に縮む丸茎のからし菜」とある。

茎元を見ると、確かに小松菜や芥子菜と同属と分かる。

しかし、いままで市場で“からし菜”と言われていたものとは、少し違うように感じる。

葉は大きく柔らかで、一種独特の辛みがあり、サラダ、漬物、お浸しに・・・とも。

試しに生で齧ってみると、爽やかな辛さで、案外食べやすい。

Photo これなら、刺し身に添えたり、サンドイッチにはパンに芥子を塗らずに使えそうだ。

まずはカリッと炒めたベーコンと、市販のフライドオニオンでサラダに、温泉卵を乗せて、醤油を一垂らし・・・けっこういい味だ。

後はサッと茹でて刻み、削り節と切りゴマを加え、出し醤油で和えた。

わさび菜のオカカ和え912

茹でると辛さが和らぐようで、特有の味が無くなる。

万人向きにはなるが、私は生で食べた時の爽やかな辛さがいい。

これから、使い道の広がりそうな野菜を見つけたかも知れない。

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2007年8月25日 (土)

ホヤの味噌漬け

先日、青森の老舗料亭【O屋】の女将が、今年は《ネブタ祭り》に行けなかった私達を気にかけ、陸奥湾の帆立を箱に一杯送ってくれた。

900 その中に、帆立養殖の副産物(帆立の筏にくっ付いて育つ)とも言える、ホヤもたくさん入っていた。

剥いていないホヤを見たことがある方、これは「根が生えているからイソギンチャク?コリッとした身の質感は貝?それとも・・・」と、首をかしげたのでは?。

形にしても《海のパイナップル》はいいとして、《しもやけに爛れた拳》なんて表現されると食べる気が失せる。

ランプの火屋に似ているからホヤと言う説が一般的。

分類上では原索動物尾索綱海鞘目に属すので海鞘(ホヤ)と書く識者もいるが・・・。

日本各地の海で漁れるが、好んで食用にするのは宮城県から北への三陸海岸一帯と青森県・北海道東部の人たち。

というのも、この海域のホヤが肉厚・良質で抜きん出て旨いからだ。

ヨーロッパでもマルセイユあたりの海鮮レストランでは見かけることがある。

割り裂いた皮から身を引き出し、牡蠣のようにレモン汁を絞りかけ、大胆にスルッと口にッ滑り込ませる。

ホヤには牡蠣の2倍ものグリコーゲンがあるそうで、その上エキス分の大半はアミノ酸。

ということは、疲労回復・体力UP・・・これを酒肴に呑むと二日酔い防止の効果もあるらしい。

ただ、栄養的には良いことずくめのだが、好きな人には填まるほど旨いと思うホヤも、嫌いとなれば食べた人まで許せないとなる。

627その因は匂い!。 

さわやかな磯の風味が強く個性的な匂いが、熱愛し虜になる人と、顔を背ける人との両極端に分ける。

硬い外套(皮)の上部に包丁を刺し、切り口に指を突っ込んで身を引き出す。

鮮やかなやや赤みを帯びた黄色のプックリ厚みのあるのがいい。

一般的には、水物、酢の物で食べるが、干物や味噌漬け、塩辛にもする。

ホヤの味噌漬け焼き918

  • 殻から出して、2~3割りにしたホヤを、味噌と酒を同量に合わせ溶いた中に漬ける。
  • 3日~5日で取り出し、味噌を拭きとってサッと焼く。

生の時より匂いが弱まり、やや甘味のある濃厚な味で、ホヤが苦手な人でも食べやすくなる。

いまから、これで一杯遣るが、飲む前から呑み過ぎそうな気配が・・・。

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2007年8月24日 (金)

エゴマの葉

今朝のメールで、母は昨夜から熱を出しているみたいだ。

帰ってきたばかりなのに・・・。

それは置いて、今夜からまた《食べ物ブログ》書きます。

よろしく~!

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エゴマ、荏とか荏胡麻と書くシソ科の1年草。

10数年前、含まれるαリノレン酸が、体脂肪の燃焼を助ける健康食品として、ブームを起こした。

が、知名度があまりに低く、商品として市場に普及するまでにはならなかった。

いま、市場に出ている“エゴマ油”の多くは、“シソ油”の商品名が付いている。

韓国のエゴマ油と、日本のシソ油は同じものなのだ。

胡麻はインドが原産地だが、エゴマは東南アジア原産。

日本では、胡麻より古く、縄文時代から栽培され用いられていた。

種子は胡麻のように、煎ってから擂り潰して使ったり、搾って油を採る。

油は食用にするが、菜種油が普及するまでは灯火にも用いられた。

乾性油という特質を活かして、油紙などの塗料にも使う。

最近はほとんど使われることもが無いが、番傘の塗料にも・・・。108

エゴマは、シソ(青紫蘇)の変種だけに、その葉は青紫蘇と良く似ている。

ただ、ぺリラケトンという特有の香りが、日本人にはあまり好まれず、一般的な野菜として普及してこなかった。

この香りは、韓国料理ではむしろ好んで使われ、食欲をそそるといわれている。

韓国料理の普及に伴い、最近では日本でも、エゴマ油だけでなく、エゴマの葉も利用され始めた。

青紫蘇のように細く刻んで、水に晒してアク抜きし、水気を切って薬味にする。

921 →は、鶏肝と夏野菜のエゴマ風味、酒で湯通しした鶏肝と、野菜を胡麻油に生姜微塵切り少々を加えて炒め、細切りしたエゴマを散らして、水溶き片栗粉で閉じる。

また、醤油にニンニクや生姜、葱の微塵切り、粉唐辛子、ゴマと胡麻油を加えた漬け汁を作り、そこにエゴマの葉を漬けておく。

その葉は料理に使えるし、漬け汁は美味しいタレになる。

一般的には、焼き肉を巻いて食べることが多いが、タレ焼きの魚介を巻いてもいい。

エゴマの葉のカジキ巻き(2人分)914

  1. カジキ(2切れ)は、縦4~5本に切り分け、醤油・酒・砂糖(各大1)を絡めるように照り煮にする。
  2. エゴマの葉は、葉柄を取って三角に重ね、1を巻く。
  3. このまま食べてもいいし、マヨネーズをちょっと添えても食べやすい。916

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2007年8月23日 (木)

帰りは新幹線

帰りは新幹線にした。
飛行機だと最終便が6時頃で、搭乗手続きなどで夕方には施設からもホテルからも出なければならない。

母には通じていないだろうサヨナラを言って、夜の新幹線にした。

東京駅に着くのは11時過ぎ、家には夜中になるだろう。
明日からはネットで母の様子を見ることになると思う。
今までは電話で様子を聴くだけだったので、その点では少し安心かも。

ブログも、明日からは通常の【食べ物ブログ】を続ける予定。
今まで通り、応援してください。

新幹線の車中から☆皆様良い夜をお過ごしください。

2007年8月22日 (水)

明日はサヨナラ

高校野球・夏の甲子園も終わった
【佐賀のがばい婆ちゃん】の力を貰ったか?〜久々に公立高校の優勝になった。
夜はサッカーの試合が続き、きっと皆様はお忙しいことだろう。

それにしても、今日も暑い一日だった。
母の搬送には、いろんな方々のご協力をいただいた。
これから、さらに力を貸していただくわけだから、感謝してもしきれない。

今回のことで、1〜10までお世話になった、親友J子さんは長く寝たきりだったお姑さん、認知症の進むお舅さんを看取り、自身のお母さんも介護する。
私など、彼女の足下にも到底及ばない。
そんな彼女や、施設スタッフの「任せて」のお言葉に甘えて、私は明日一度、東京に帰るつもりだ。

すでに私の顔を忘れてしまった母に、サヨナラと言っても通じない。
本当のサヨナラには、もう少し時間が欲しい。
介護士さんたちに、信頼と感謝と母を預けて、「お母さん、いっときのサヨナラ」。

2007年8月21日 (火)

コメントありがとう

PCからの入力が出来ないのは諦める。
ただ、いただいたコメントに返事を書けないのはつらい。
マグロ君様、frusic様、riezon様、hiroko様…アリガトー!
萎えそうな気を引き締めてくださるお言葉です。

母の搬送には、ストレッチャーが入る車と介護士、ヘルパーの添乗が義務付けられる。
これらの手配を、今回の入所を何もかも面倒見てくれた、親友J子さんがやってくれた。
と、いうのも、この施設はJ子さんの勤務先だ。
「安心して任せて」と、J子さんは言ってくれる。
なんだか目がぼやけて視界が霞む。
今日は、いろいろと準備・手配をし、明日には母を搬送する予定。
無事に動かすことが出来るよう、今はそれだけを考えている。
東京は今日も暑いようだが、こちらも例年に無く残暑が厳しく、秋は遠いよう…。

葡萄

お詫び

今夜、この記事がアップされることは、私はまだ帰っていないということだ。

帰りの飛行機は、予約して出ていない。

予定が立たないからだが、記事の予約は今日まで。

ここまでに、コメントをくださった方、お返事が出来なくてすみません。

いただいたコメントは、携帯から拝見してるはず、きっと。

でも、携帯からのお返事の入れ方が分からない・・・(>_<)

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Dsc02439

日本の葡萄が素晴らしいと、宝石に喩えて詠んだ東洋城の俳句がある。

金銀瑠璃硨磲瑪瑙琥珀葡萄哉

『きんぎんるりしゃこめのうこはくぶどうかな』・・・アレッ俳句って、五・七・五じゃなかったっけ?。

仮名を一文字も使っていない漢詩調の句として知られている。

意は『翠玉色の葡萄の粒が、陽光に映えて煌く様は、自然が造形した七宝の美のごとし』とでも。

因みに、七宝とは、金・銀・瑠璃・硨磲(シャコ貝)・瑪瑙・琥珀・珊瑚のこと。

東洋城は、スラッと六宝目の琥珀まで詠んで、七つ目の珊瑚を葡萄に変えたと思われる。

葡萄は、ハウスの普及で、季節を問わず、地域を問わず栽培されているが、これからが一番の旬だろう。

主産地は、山梨・長野・山形・岡山・大阪・福岡・・・そして北海道。とくに山梨(甲州葡萄)は出荷量からもトップ。

その甲州葡萄は、在来種が基になっていて、源頼朝が文治二年(1186)に、山梨県八代郡祝村に入会山中、路傍に蔓性植物の実を見つけ、自園に持ち帰り移し植えたのが始めとか。

『古事記』にも、エビカズラとの記述があるが、これらは野葡萄の一種で、山に生える山葡萄のことだろう。

日本にも自生の葡萄はあったのだ。

これと、中国から伝来した葡萄を掛け合わせ、改良して、江戸時代には甲州葡萄の土台が出来た。

その後、デラウエァ、マスカット、キャンベル、ベーリーA、巨峰と、次々にアメリカ系やヨーロッパ系の品種が取り入れられ、改良が加えられ、数多くの新品種が産まれた。

人気のある葡萄だが、ミカンやリンゴの生産量に比べてはかなり少ない。

ヨーロッパなどのように果物のトップにならないのは、酒の原料としての使用が少ないからだと思われる。

葡萄には、果糖やブドウ糖が多く、疲労回復に効果抜群。

干すと鉄分が多くなって、貧血予防になる。

葡萄を書いた文学は数多いが、有島武郎の児童文学『一房の葡萄』は、切ないまでの少年の哀愁を書いた美しい作品。

主人公の少年は級友の舶来(外国製)絵の具を盗む。

恥ずかしさと後悔で泣く少年の膝の上に、担任女教師は、黙ってもぎたての葡萄を一房置く。

「真っ白な掌に、紫色の葡萄の粒が重なって乗っていた、その美しさ」を少年はいつまでも忘れず、はっきり覚えている。

「秋になると、いつでも葡萄の房は紫色に色付いて、美しく粉をふきますけれども、それを受けた大理石のような白い美しい手は、どこにも見つかりません」

紫色の甲州葡萄の色を“モーヴ色”と説明している農学書がある。

モーヴ色=貴婦人の机上にある紫水晶の色・・・だそうだ。

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2007年8月20日 (月)

ブルーベリー

昨日から、記事は公開日時指定でアップされていると思う。

介護病床が約半数に減らされて、手術や治療の必要がない寝たきり高齢者は、強制的に病院から出されることになった。

母も、その一人だが、自宅介護が死に直結するような現状では、介護施設に入れてもらうしかない。

ただ、病院を出された高齢者は増える一方なのに、受け入れ施設はなかなか無いのだ。

莫大な費用をかければ、それなりに入所させてくれる施設はある。

が、一般家庭では、基本料(介護保険など利用した料金)が10万円を超える施設には長く入所させられない。

諸雑費も含めると、基本料の倍はかかると言われる介護費用。

私達にも近い将来やってくるであろう被介護の事態。

母のようになりたくない・・・そんな事態を怖れる・・・しかし、どうしたら避けられるのか。

母も、「寝たきりにはなりたくない」「あんたたちに迷惑をかけないようにコロリと逝きたい」と、いつも言っていたのに~。

時々訪ねるにも遠い土地の施設だが、長距離を動かせない母を託すしかない。

ここで、なるべく心身平穏に最期を迎えてほしい。

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439

442_2 春に、白い釣鐘状の花を付け、花のあとに小さな青紫色の果実を付ける。

北アメリカでは、古くから食用にされていたが、20世紀になってから品種の改良が進み、世界中に普及した。

ハイブッシュ系、ラビットアイ系、ローブッシュ系、ビルベリー系などが交配の元。

酸性の水はけのいい土壌に栽培されるが、根が浅いので乾燥には弱い。

他家受粉性なので、開花時期が同じニ品種以上の木を植えると実の付きがいい。111_2

一般的には、眼(網膜)に良いといわれるアントシアニンが豊富なので、ブルーベリーを使った健康食品がたくさん出回っている。Photo

ジャムやジュースに使われることが多いが、生食やケーキ用の需要も伸びている。

日本では、1968年から東京都小平市で経済栽培が始まり、その後長野、群馬、新潟、山梨などの県で高冷地を中心に生産されている。

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2007年8月19日 (日)

ミル貝の食感は生で

木曜日、母が入院する病院から、退去してくれと通告された。

これが初めてのことではないから、とくに驚きはしない。

病院は、あくまで医療機関である。

母は、人口肛門にし、食堂切開し、管呼吸器装着をし・・・体中に管が差し込まれている。

もう、何処も医療処置の余地がないのだ。

医療の余地のない者は、病院にとっては患者ではない。

「ベットを明けて欲しい」と言われて、どう反論したらいいのだろう・・・。

家庭での介護では、直ぐに呼吸不全、肺炎・・・命の終わりは見えている。

それでも《病院》は、出なければならない現状。

要介護施設も、何処も一杯で・・・人づて、コネづてにやっと入所できる施設があった。

明日、母の介護施設入所の手続きをして、週末には母を移院させる。

介護を人任せにしているように思われているだろうが、引き取ったら、その直後には“死”に繋がる状況が待っているのだ。

「静かに最期を見守りましょう」との、施設からの言葉を天国からのメッセージと、ありがたく受け止めて、母を託した私は・・・。

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Photo_2 一見、グロテスクとも見える、巨大な水管を食用にするミル貝。

感じでは海松貝と書くが、海松(みる)と言うのは、浅い海の岩礁に着生する緑色をした海藻のこと。

ミル貝の棲む辺りに、この海藻が多く見られ、時々は貝の水管上にまで着生していることがあるのだ。

だから、とくにこの貝が、この海藻を食べているわけではないのだが、最初に付いた名は、海松喰い→美留久比(みるくい)。Photo_4

それがミルガイと訛化したといわれる。

漢字では水松貝と書くこともある。

青柳と同じバカガイ科の一種。

二枚貝の殻は厚くて固く、前後の端が開いて、後方の卵形の大きな口から巨大な水管を突き出している。Dsc00729

この水管は、長さが殻長と同じくらいで、およそ10~12センチ。

食用にするのは主にこの部分だ。

一般の貝では、貝柱や外套膜を食すが、水管を主の食用にするのはミル貝くらいだろう。

Photo_5水管は黒い皮を被ってグロテスクにも見えるが、塩で磨いて熱湯をかけると簡単に剥ぎ取れる。

水管を縦に割り開き、削ぎ切りして生食するのが美味しい。

コリコリした歯触りが身上なので、鮮度が第一。

刺し身、酢の物、寿司種に・・・。

Photo_3水管のほかの、肝部分もソテーや塩焼きにすると、通好みの酒肴になる。

なお、普段に一般市場で見る、水管が白くて大きいのはナミガイ(白ミル貝)で、黒いミル貝より少し安い。

主産地は香川県や愛媛県の辺り。

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2007年8月18日 (土)

砂の味と言われた日本の梨

洋梨と区別して、あえて日本梨と言ったが、長十郎や二十世紀、幸水などの名で呼ばれる梨のことだ。Dsc02075

リンゴや葡萄、サクランボなど、私たちが馴染んでいる果物の多くは、明治時代の初期に欧米から渡来したものだ。

しかし、柿や桃を凌ぎ、ミカンやリンゴに次いで第3位の生産量を誇る梨(日本梨・和梨)は、日本で最も古い(柿より古い)栽培の歴史を持つ、日本古来の果物。

わが国最古の正史『日本書紀』(720年)には、「栗、梨を五穀の助けとする」の記述がある。

飢饉に備えた、救荒作物として、栽培が奨励されたらしい。

そんな古来から日本人が愛し、いまでも人気の梨だが、これまで海外では“サンドペア”と呼ばれ、砂を噛むようだと見向きもされなかったのだ。

西洋梨のネットリ感が“バターペア”と呼ばれて好まれてきたのだから已むを得ない。

それが、この四半世紀で、輸出量は増大の一途。ミカンに継ぐ輸出果実になっている。

日本食が外国で人気を得たことも、一因かもしれないが、日本梨(とくに二十世紀)のさっぱりした味と、滴る豊富な果汁が外国人にも好まれ出したようだ。

アメリカでは、『“二十世紀”は第2のトヨタか?』なんていう論文まで発表されたくらい、輸出増大が注目され、話題になったそうだ。

和梨には赤系と青系があり、赤系の代表は“長十郎”、青系の代表は“二十世紀”。

長十郎は、明治27~28年頃、川崎大師傍の当麻長十郎さんの赤梨園で、突然変異で出来た。「大師様のご利益」と喜んだと言う謂れが、川崎大師境内の石碑にある。

二十世紀は、同じく明治26年に、千葉県松戸の旧家・松戸覚之助さんのゴミ捨て場から生えてきたと言うが、多分青梨の“太白”の種が発芽・実生の苗になったらしい。

この苗は5年ほどして実をつけたそうだが、あまりの美味しさに「これぞ二十世紀の梨になる」と松戸さんが二十世紀と命名、20世紀になる3年前のこと。

最近の市場人気では、長十郎と二十世紀との交配で出来た“幸水”が一番人気。

兄弟分とも言える“豊水”や“新水”より、ダントツの売れ行きになっている。

「桃・栗3年、柿8年・・・梨の大馬鹿18年」なんて言われたのは昔、栽培技術が進んだ現在では3年もすれば収穫出来ると言う。

鳥取農協にある『二十世紀神社』のご神体は、二十世紀梨の枝。

明治37年に、これと言った産業の無かった鳥取県の、農政研究家・北脇永治さんが、火山灰や砂地の多い土地にも適す梨栽培に目を付け、千葉県の松戸さんに頼んで指導を受け、苗を譲って貰った。

これが成功して、鳥取県は二十世紀梨の生産王国に発展。

感謝の意を込めて、皇紀2600年(1940)を祝し、初めて植えられた原木の枝をご神体にした。

私が住む隣接市にはそのまま地域名を付けた“稲城”という品種がある。

子供の頭ほどの大きさで、果汁たっぷりなので、日頃お世話になっている方たちに配りまくるが、1個が\1000とはちょっと・・・思って貰えるかなぁ。

他にも、“新高”という巨大梨もあるが、日本梨も品種改良で世界席捲も再び・・・かも。

梨入りチーズフライ(2人分)917

  1. 梨(1/4個)は皮を剥いて、横半分にし、更に薄切りする。
  2. モッツァレラチーズ(70gくらい)は一口大に切って、切り離さないように切込みを入れる。
  3. 2の切り込みに、1を挟み、フライを揚げる手順で、小麦粉→溶き卵→パン粉を付け、170度くらいの油で揚げる。
  4. 衣が色づいたらOK。

※梨もチーズも火を通す必要はない。揚げすぎるとチーズが溶けて流れるので注意。

天婦羅やフライにした梨も美味しいものだ。

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2007年8月17日 (金)

鯖、で揚げ漬け

脂が乗って丸々と肥り、口の中でトロリとするほどの秋鯖は、特有の美味しさ。Photo_392

その味を表す諺として『秋鯖は嫁に食わすな』なんて言うのがある。

そんな古い嫁いびりなど置いておき、美味しいものは皆で仲良く食べよう。

秋鯖の ずしりと重し たなごころ  桜山

一般に出回る鯖は、主に本鯖と胡麻鯖だが、秋鯖として喜ばれるのは本鯖の方。

『鯖の生き腐れ』の謂われがあるほど、鮮度が落ちやすく、その上、鮮度がおちても分かり難いのが難点。

『秋鯖の刺し身にあたると薬が無い』と言われるほど、食中毒の上位を占める。

この中毒は魚の蛋白質が腐敗してアミン質になるからだが、鯖はとくに蛋白質分解酵素の働きが強く、腐敗が進み易いのだ。

『鯖を読む』という諺も、鯖は傷みが早いので急いで数え、いちいち数の確認などしなかった・・・という説があるのだ。

鯖に限らず、魚を数えるのは時間との勝負、もたもた一本ずつなんて数えていられない・・・そこで五十集(いさば=魚市場のこと)読みという、大雑把な数え方言葉まで生まれた(五十集読み=いさば読み→鯖読み)という説もある。

鯖の鮮度は、眼を見ろ・・・と言うのだが、この時季の本鯖は、脂が瞼にまで蓄えられ、眼が乳白色になっているものもあるくらいだから、不透明な眼の色でも鮮度の目安にはならない。

丸々と身も皮も張りがあるものを選ぶことがまずは第一。

脂の乗りが良く、高級魚の鯛などとは違う独特の美味。

本鯖は初夏の産卵直後には、脂が落ちてゲッソリ痩せているのだが、根が貪食家なので、産卵後から旺盛な食欲をみせ、秋に入る頃には肥って、味も栄養も豊富になる。

旬の本鯖は締め鯖、酢の物、昆布締めなどが一番。Dsc00444

塩焼き、味噌煮、船場汁などの定番料理も、もちろん美味しい。

ピリッと唐辛子を利かせた鯖のちょい辛煮も。

かつて、海から離れた地域の人に、沢山漁れる鯖を運んで売り捌くのにも、鯖は自身が持っている分解酵素で腐り易いので、内臓を取り出し塩漬けにした。

この“塩鯖”は山間の人たちの貴重な海の幸で、とくに若狭から京へ・・・また熊野から大 和へと、塩鯖を運んだ道は“鯖街道”とよばれていた。

京都の“鯖鮨”、吉野の“柿の葉寿司”などは、その産物だ。

鮮度のいい秋鯖を締めて、上質の白板昆布で巻いた『鯖鮨』や、箱に詰めて押しをした『バッテラ』などは、関西の名物だが、最近では焼いた鯖を酢飯に乗せた『焼き鯖鮨』なども人気が出ている。

高級魚のイメージが無かった鯖も、近海物が減り、ノルウェーやオランダからの輸入物が増えた。当然、近海物の値段は高級魚に近づきつつある。

ただ、生活習慣病の予防になるAPE(エイコサペンタエン酸)が豊富なので、この一番美味しい時季にこそ食べよう。

俗に「秋茄子・秋鯖は嫁に食わすな」というのを、どちらも美味しいから“嫁いびり”のように思われるが、秋茄子には種子が無く、子宝を願うあまり・・・。

秋鯖は傷み易いので、お腹を壊さぬようにとの思いやり・・・と、解釈したらどうだろう。

鯖の揚げ漬け(2人分)864

  1. 鯖(三枚おろしの半身分)の水気を良く拭いて削ぎ切りする。
  2. 人参(小1/2本)は斜めに薄きりしてから千切り、玉葱(1/4個)は繊維に添って薄切りする。
  3. 生姜(半片ほど)は皮を剥いて千切り、万能葱(適量)は2cmほどに切る。
  4. 醤油と味醂(各大1&1/2)を合わせて、生姜を加え、漬け汁を用意。
  5. 1に薄く小麦粉を塗し、170℃くらいの揚げ油で中に火が通るまでカリッと揚げる。
  6. 5を熱いうちに4に漬け、2も一緒に漬ける。
  7. 6の上下を返しながら味を染ませ、器に盛って万能葱を散らす。

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2007年8月16日 (木)

聖書にも登場の無花果(いちじく)

723_1 「無花果(いちじく)」は、花が無い・・・外から見えないだけで、ちゃんと花はある。

一昔前は、何処の家の庭先でも見られた無花果(いちじく)の樹。

日に映える実と「映日果」と書いている書も見たことがあるが、一般的には無花果の方が通用している。

いまでは、若い世代にほど珍しい果物だと思われ、高級珍菓として人気を得ている。

トロリとした甘さと、独特の青くささが特徴。バナナのように簡単に指で皮が剥ける手軽さもうけている。

桑科の無花果は、アラビア原産。

日本には寛永年間・長崎に渡来し、当時は『一熟(いちじゅく)』と呼ばれた。

昔、庭先に植えられていたのは、熟すと果実の先が割れる“蓬莱柿”と言う品種が殆どだったが、近年の店頭で見るものは“桝井ドーフィン”と言う品種。

ハウス物は6月頃から、露地物は8月頃から出回る。

果実や葉の茎部から出る乳白色の液体は、イボ取りに効果があると民間薬として使われる。

葉は風呂に入れると、血行が良くなり、とくに痔疾の改善になるそうだ。

旧約聖書の『創世記』の中で、禁断の木の実を食べたアダムとイヴが「彼らはその裸なるを知り、イチジクの葉を綴れて裳を作れリ」とある。Photo_383

(去年マウスで書いた絵だが、再掲載をご容赦)

また、無花果は、大昔は花が咲いていたのだが、ある時に神が木陰に身を癒し、その実を一個所望した。

心身が疲れきっていた神の頼みを、無花果は邪険に断り、それに立腹した神が、花が咲かないように変えたと言う伝えもある。

つまりは、無花果は人類の歴史以前から存在した植物なのだ。

ただ、古来より無花果は花が咲かないのに実を結ぶと思われ、花の無い果実で通ってきたが、実際には外から見えないだけで、実の内側にある粒々が花。

無花果には、肉を柔らかくする働きの蛋白質分解酵素が含まれる。

肉料理に無花果がよく使われるのは、この効果を利用してのこと。

熟した無花果は、生が美味しいが、甘く煮たコンポートなら日持ちがする(写真・左は無花果を白ワインと砂糖で煮詰めたもの)。Photo_452 Photo_453

かつて京都の料亭で、“無花果の田楽”なるものが供された。西京味噌が焼けた香ばしさと、無花果の甘味が相まって、濃厚な味だったと記憶している(写真・右)。

デジカメを旅行中に故障させ、昼にはカメラ屋に持ち込んだがメーカー行きになった。

4月に買ったばかりなのに・・・で、古いデジカメを引っ張り出す間も無く、今日は保存写真からの記事でお許しを。

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2007年8月15日 (水)

山間の宿で渓流魚と猪肉

12日、13日と自由に身体を動かした時間はどれくらいあったんだろう。

折角、家族がみんなで会える貴重な時間なのに、そのほとんどが移動の車が渋滞の中で、話すことも遊ぶことも出来ずにいた。

スゴイ気温上昇の中、渋滞の車中はクーラーの効かない蒸し風呂状態。

ノロノロ走っている車が、ガンガンとクーラーをかけるとどうなるか??

下手をすれば、バッテリーが上がりかねない。そんな危険も承知で、クーラーを止めたら・・・例えば、私の平均体温は35・8度、気温と同じ。

車内温度はもっと高い、クーラーを止めたら死にも繋がるかも(大袈裟?)。

091_2相模湖ピクニックランドを早めに出て、藤野に向かった私達3台の車たちは、相模湖をグルリと回る前に、すでに渋滞の真っ只中。

そして、相模湖IC前でやっと渋滞車線を離れ、2時頃に【与衛門】のビックリな“田舎蕎麦”にありついて、ホッと一息。094

山間の“陣馬の湯”三宿の一番奥【陣渓園】に着いたのは午後の3時過ぎ。

「なにも、ここまで鄙びて無くても・・・」と、少々不評だった宿だが、栃谷尾根から陣馬山への登山客や、栃谷渓流の魚釣り客に愛される宿。

この日も、渓流釣り客で満室だった。

そんな土地だから、夜の食事は渓流魚や山菜、猪肉料理がたくさん出る。

まずは、天然鮎の塩焼き、岩魚の刺し身、猪肉の陶板焼き(冬は猪鍋・・・本当はそれが食べたかった)、破竹の煮物、蟹と胡瓜酢の物。100099102   103

この先は、すっかり飲み方のペースが速くなって、写真は???(すみまっせん)。

茸の茶碗蒸しや、岩魚の粗の吸い物、山菜の天麩羅、お新香とご飯、メロンなどが出た。

岩風呂も気持ちよく疲れを取ってくれたし、全員で、帰りの心配なく飲めたし、裸の付き合いも出来たし・・・。

14日も、朝から暑かったが、昨夜は早めに、みんなで岩風呂に入り、エアコンの効いた部屋で熟睡したので、朝食は元気いっぱい。

茸の味噌汁は天然茸の漬けておいたもの、日頃食べたことの無い自然の味を喜んでお替り。

干物や納豆、シラスおろし、海苔などは、旅館の朝食の定番だが、先の地茸の味噌汁と、自家畑の野菜たっぷりの味噌炒め、放し飼い鶏の卵焼き・・・食べきれないほど美味しい朝食だった。

そういえば、夕べの茶碗蒸しに入っていた鶏肉・・・あの放し飼い鶏だったのかな。

朝食後、宿を出てからは、息子夫婦は「勝沼にぶどう狩りに行く」と別行動。

「本当は、近藤勇が甲州での負け戦で引き返さざるを得なかった、その惨敗の地に立ちたいのですよ」と嫁さんが言ったが、歴史(とくに新撰組と、中でも近藤勇)大好きな息子だからさもありナン。

往きは渋滞もそろそろ収まっているだろうが、翌日の帰路はまたUターンの大渋滞にぶつかるだろうに、ご苦労なこと・・・。092

私達と、娘一家は“芸術の村”など見学、予約していた【四季亭】で昼懐石を食べたが、ここでデジカメにお茶をこぼして故障発生。

これ以上躓きの無いうちにと、早めに帰路に。

そろそろUターンラッシュが始まるらしいが、それでも順調に流れて夕方には帰宅できた。

いつも、家族会はたくさんの私の手料理を食べてもらうが、車で集まると飲めない。

だから、思いっきり呑んで貰おうとの企画だったが、今回の教訓=まず、盆・正月はダメ。

渋滞はある程度の想定だったが、ここまで連日影響されるとは想定外。

12~13日は中央高速の下り渋滞の影響で、相模湖IC周辺は身動き取れず。

14日は下りの影響が出始め、夕方から身動き不自由。

結局、自由に時間通り動けたのは、一日も無かったお粗末企画。

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2007年8月14日 (火)

不覚の13日、更新無し

ブログを始めて1年半、旅先でも、具合が悪くても、更新無しの日は一日も無かった。

PCを使えない日は、携帯からの送信で更新はしてきた。

この「ちょっと邪魔臭いけれど、毎日更新」のプレッシャーが、けっこう良かったかも・・・。

それが昨日、13日は更新出来なかった(したくても、不可能だった)。

12日の昼に、相模湖に向けて出発した段階では、想像もしなかった渋滞に巻き込まれたのがまず今回の企画の最初の躓き。

高速はまだ混んでいるかも知れないと、一般道を走り始めたが、津久井湖の手前からすでに先へ進めない状態。

通常なら1時間ちょっとで行ける距離を、3時間を費やしてまだ到着しない。

観測史上でも始めてという、炎天下の車中は、エアコンを効かせても汗がジワジワと流れ出す。

やっと相模湖ピクニックランドに着いたが、娘夫婦も、息子夫婦も、みなそれぞれが渋滞に巻き込まれていた。 Photo

娘夫婦は、横浜からなので途中からは私達と同じルートを走っている。当然、同じように渋滞は予想していた。

が、府中から中央高速を走ってきた武蔵野の息子たちも大渋滞だったという。

運転していた者ばかりか、同乗者も疲労困憊。

孫たちは、ゲンナリ・ヘトヘト・グッタリで、大好きな(?)私達に駆け寄っても来ない。

そんな調子だもの、BBQの元気も出ないようだ。

それでも、夜になり、すこし落ち着いて、飲んで食べて・・・すこし元気は回復したが、蒸し暑くて寝苦しい。

そして、明けて、魔の13日、渋滞はさらにひどく、相模湖をグルリと回って藤野に向かう私達は、車3台とも渋滞の中。089 090 091

暑い、昼の食事も摂れない、進まない・・・戻ることも出来ない。

昼もとうに過ぎた頃、相模湖ICで、流れのほとんどの車はIC車線に入り、私達は渋滞を抜けた。

12日も、13日も、渋滞の原因は、相模湖ICから中央高速に入るためだったのだ。

なにしろ、その中央高速が大渋滞で、途中のICから入るのも大変なのだから、IC手前の一般道も動かないわけだ。

やっと空いた道は、なんと気持ちよく走れることか。097

そこで、やっと目指す手打蕎麦処【与衛門】で、名物の蕎麦を食べる。

時間はすでに2時に近く、細打ちはとっくに売り切れで、大人の6人分の田舎蕎麦(太打ち)もギリギリ・・・次の客が食べられずに引き返した(ゴメン)。

孫たちは饂飩でOK、美味しいと喜んで食べていた。

大人たちが食べた田舎蕎麦は、思いのほか太くて、かなりの歯応えだった。096

最初はビックリ、噛むのも一苦労なのだが、噛んでいると蕎麦の香りと甘さが口から喉に広がっていく。

細い蕎麦だと「ツルツル~ッ」と噛まずに飲み込んでしまうことが多い私だが、この蕎麦は噛まずには飲み込めず、だからしっかり蕎麦の風味が分かった。

蕎麦を食べながら、蕎麦掻の香りと、手打饂飩の歯応えが味わえたのかも。

そこから、陣場街道と走り、13日の宿は鄙びた(ちょっと鄙びすぎて、若干不満の声も)陣場の湯の3宿の一つ【陣渓園】。

この山間の鄙びた地域が、第二の躓き。

私のau携帯はアンテナが?????

娘のdokomo携帯は繋がるのに、私の携帯は使えなかったのだ。

最近はau携帯の方が使える機能が多くて、自慢だったのに、これから夫と旅行するにも行く先のアンテナを確認してからでなくっちゃ~。

そして、想定外の“初めての更新無し”の13日になってしまった。

孫たちと一緒の2晩は、楽しいけれど、遊んでいた時間より渋滞の中にいた時間が長く、車中の暑さと同じ姿勢に、とにかく疲れてバテバテ・・・。

予定した見学場所も幾つかは、行く時間がとれず、収穫は盆や正月に家族総出の旅行は止めようと改めて思っただけ。

そんな状態での、帰宅なので、コメントの返事や、鄙びた宿“陣場の湯”のことは明日に。

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2007年8月12日 (日)

野外BBQで殻付き帆立を焼く

きょうは、昼から出かける。

と決めていたところにタイミングよく、朝一番に青森から殻付き帆立貝(ほたてがい)が一箱届いた。899

青森在勤中によく食べに行き、その後も“ネブタ祭り”見物に訪れるたびに、食べに行く老舗料亭【O屋】の女将からだ。

今年は、母の容態が気にかかり、大きな旅行は出来ずに居るが、女将がせめて青森の味だけでもと送ってくれたという。

今夜は、私達夫婦にとっては、子育てが終わってから、何十年ぶりの“野外BBQ”が計画されている。

この計画は、娘や息子との間で話が出て、相談され、決まった。

折角だから、殻付き帆立貝も持参して、皆でBBQでご馳走になろう。

さて、今回の《家族会》は、昨年の夫の“古希”のリベンジだ。

去年の夫の“古希”は、夫もまだ現役だったし、準備不足だったので、特別のイベントが出来なかった。

だから、1年がかりで家族全員の予定を組み、宿を取ったのだ。

娘夫婦、息子夫婦とそれぞれの孫達・・・全員では始めてのBBQ&温泉旅行。

婿殿や嫁君は・・・との杞憂は「楽しみ~ぃ」言葉に消えて、近場(母のことがあるので遠出来ない)ではあるが、相模湖ピクニックランドでBBQ。

BBQに必要な、道具や薪などは、材料持込なら\900/1人くらい。

12人用のログキャビン(\4000/1人くらい)に全員で宿泊する予定だが、ワクワク&ちょっと不安も・・・。

明日は、各自の車を連ねて、近隣の渓流や施設を見ながら陣馬温泉へ。

どうなりますか、初めての婿・嫁・孫たち総動員の2泊。

母の容態を気にし、常に携帯電話をポケットに入れながらも、夫の去年の祝いを遅ればせながら、存分にしたいと思う。

この記事がアップされる時間は、多分BBQ真っ最中かも。

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2007年8月11日 (土)

“クラゲ”は邪魔者?or珍味?

Photo_437 海中をフワフワ・・・ユラユラ・・・一見、優雅に見えるクラゲは結構嫌われ者なのだ。

写真は図鑑より

日本中の漁師の敵とも言える“越前クラゲ”を始め、土用過ぎの海に多くなるクラゲも、刺されたら一大事。

痛みと腫れで、全身に震えがくるほどだ。

クラゲが現れたら、もう海水浴シーズンは終わりになるのも、たんに海水温が低くなるだけではなく、土用波の危険と、クラゲ被害が増えるから。

水母or海月と書くが、捉えどころのない生物というイメージを持つ人が多い。

そんなクラゲの種類は多いのだが、食用に出来るのはほんの一部に過ぎない。

代表的なのは、傘の直径が30~50センチの備前クラゲだが、あの傘の直径が1メートルにもなる嫌われ者の越前クラゲだって食用になる。

中華料理などでは、珍味として前菜に使われるクラゲは、傘の部分を食用にする。

その98%が水分というクラゲは、まず石灰+明礬+塩で水分を抜く作業が大変。

水分が抜けて、嵩(量)が減ったら、さらに塩漬け。

市販されているのはこの状態だ。

調理は一晩ほど水に漬け、塩抜きをして、熱湯でサッと湯通し、氷水に漬けてから水気を切る。

コリコリした歯触りが身上で、酒にもビールにも合う。 762

邪魔者の越前クラゲが、世間で騒がれ出した頃、何か消費出来ないかと、和え物だけでなく、刺身や寿司種で食べる研究会をした。

寿司種は、シャリとネタの間に青紫蘇を挟んであることで、風味と歯触りが楽しめた。

ただ、水分を抜く作業などの手間がかかり、商業ベースに乗らず、越前クラゲは相変わらず大邪魔クラゲ・・・今冬も漁業に支障をきたすのだろう。

越前クラゲから、有効成分を取り出すことに成功した・・・という話を小耳に挟んだが、商業ベースで消費される日が来るのは何時になるのか。

食用クラゲは、一般的には、乾燥品や塩蔵品を戻して、和え物や酢の物、サラダにして食べる。

クラゲのマスタードソース(2人分)764

  1. 塩蔵クラゲ(80g)は30分ほど水に浸け、塩気を抜いて流水で揉むように洗って水気を切っておく。
  2. 胡瓜(1/2本)は斜めに薄切りして、それを重ねて千切りにする。
  3. カニ風味蒲鉾(5本)は斜め切り。
  4. 1~3をボウルに入れ、醤油と酢(各少々)を振りかけて混ぜる。
  5. 酢(大1/2)、醤油(大3/5)、胡麻油(大1/2)、マスタード少々を混ぜ合わせてソースを作る。
  6. 4の汁気を切って、器に盛り、食べる直前に、5のマスタードソースをかける。

※クラゲはローカロリーでヘルシー。

酒の肴にうってつけ・・・で、安心して飲みすぎる・・・。

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2007年8月10日 (金)

夏こそカレー(その2)

昨日についで、今日もカレー、その歴史の話続き。

夏こそカレーの季節だ、ということで日本の夏カレーを(レシピは記事の終わりに)。

インドから、イギリスに持っていかれたカレーは、すぐにヨーロッパ中に広まり、C&B社が“カレー粉”として売り出して大ヒット。

間もなく日本にも持ち込まれたが、日本で作られたカレーは本場インドはもとより、イギリスとも似ても似つかないものに変わっていた。

それでも、明治初期から中期、末期と、材料や作り方を工夫して、次第にそれっぽいものに近づいてはきた。

大正時代に入り、サラリーマンが増えると、カレーライス(当時はライスカレー)人気はますます拍車がかかる。

大衆食堂がどんどん増え、“安い・旨い・早い”昼食が大流行。丼物、一皿物が売れた。

中で超人気メニューが、丼ではカツ丼、一皿物ではダントツでライスカレーだった。

こうした洋食文化の中心は、東京・神田の『須田町食堂』。

昭和初期になり、庶民受けしていたライスカレーを、レストランの花形メニューとして位置付け、カレーライスにしたのが、新宿『中村屋』と銀座『資生堂パーラー』、大阪・梅田『阪急食堂』の各店。

(余談だが、この三店を食べ比べてみた。それぞれに個性がくっきり分かる。

しかし、いずれにもスパイスや調理法に苦心の歴史を感じる。

そして各店がそのオリジナリティーを各店の個性として、その流れを汲む店に伝えているのも感じられて嬉しい)

とくに新宿『中村屋』は、他店に比べかなり高額料金だったが、それまでの日本のカレーとはまるで違う味わいで、「これが本場インドの味」と話題を集め、評判になった。 896

その『中村屋』の、本場インドカレーは、中村屋の娘婿になった、インド独立の志士、ラス・ビバリ・ボーズ氏が作り伝えたものだ。

カレー人気は高まるばかりで、日本でもカレーに魅せられ、カレーに人生を賭けた人を多勢世に送り出した。

キンケイ食品の森村社長、ヱスビー食品の山崎会長などが代表格だろう。

家庭用の、カレールゥや、カレーソースのレトルトパックも、味の多様化・高級化が進み、明治初期のあの“うどん粉、醤油・味噌調味カレー”と“柚子飯”の組み合わせは、想像すら出来なくなった。

ただ、家庭の味が薄れ、メーカーの味になっていくのは寂しい。

せめて、ルゥを2~3種混ぜたり、香辛料を追加したりして、お仕着せの味を“我が家風”に作り変えよう。

枝豆、茄子、グリーンアスパラなど、夏野菜をたっぷり入れて、夏こそカレーだ!

和風のドライカレー(2人分)642

  1. 玉葱(1/2個)、人参(1/4本)、生姜(半片)はそれぞれ微塵切りする。
  2. 生ヒジキ(干しヒジキは戻して50g)は洗って水きりし、干し椎茸(1枚)は戻して軸を切り1cm角切り、枝豆(半カップ分くらい)は塩ゆでして莢から出しておく。
  3. 鍋に油を熱し、強めの中火で1を炒め、玉葱が透明になったら牛挽肉(150g)を入れて、パラパラになるまで炒めてから2を加える。
  4. 全体に炒め合わせたら、スープ(固形スープ1/2個を溶いたもの・50cc)、カレー粉(大1)、トマトケチャップ(大1/2)、塩・胡椒(各少々)を入れて、焦げ付かないように鍋底をこそげながら、汁気がなくなるまで煮詰める。
  5. 仕上げに醤油(大1/2)を回し入れ、熱湯をかけたレーズン(大1)を加えてひと煮。

※ヒジキの非ヘム鉄は牛挽肉と合わせると吸収がいい。レーズンも入って貧血防止、夏バテ予防。

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2007年8月 9日 (木)

夏こそカレー(その1)

日々に暑さが厳しくなるが、暑くなって食欲が減退気味でも、不思議にカレーなら食べられる。

夏こそカレーの季節だ、ということで、今日と明日、日本的な夏カレーを紹介(レシピは記事の終わりに)。

まずは「日本にカレー登場」の歴史第一歩を。

日本人は他国の料理に似せた、独特の料理を生み出すのが得意。

カツレツ、コロッケ、オムライス、ハヤシライスなどの洋食をはじめ、アンパン、ライスバーガー・・・そう、ラーメンも。

こうした国籍不明の料理は、どれも結構人気がある。

その両横綱とも言えるのが、ラーメンとカレーライスだろう。

本場インドのカレーとは、やはりちょっと違う日本の味のカレーライス。

それは、インドからどう伝わり、どう変化したのか?。

インドでは、日本の主婦が味噌を合わせて“我が家の味”の味噌汁を作るように、各家庭ごとに数種~数十種の香辛料を合わせて独自の味のカレーを作る。

インドが、イギリスの植民地になった1600年代の頃、初代総督がカレーの原料とインド米を、ビクトリア女王に献上。

そのカレーに将来性を見出し商売にしたのが、クロース&ブラックウェルの2人のイギリス人。

原料を一般人が使い易いように粉に挽き『カレー粉』として売り出した。

会社の名は《C&B》、カレー粉は大成功だった。

このカレー粉で作ったソースをインド米にかけた料理は“カリー・オー・リー”と呼ばれ、明治時代初期には、もう日本に伝わっている。

しかし、伝わったカリー・オー・リーは、何と、長ネギ&生姜&韮が材料で、柚子入りの米飯にかける・・・と言う大変身振り。

玉葱が普及していない時代だから、長ネギや韮は仕方無いとして、バターライスが柚子飯になるとは・・・確かに、ご飯の色は黄色だけれど・・・。

その後も、日本のカレーは変身し続け、明治20年代にはソースはうどん粉入りでドロドロに・・・出汁は鰹、醤油や味噌で調味。ジャガ芋もまだ無い。カレー粉を入れたと言うだけの代物。

明治30年代になって、初めて玉葱が使われ、牛乳を入れる家庭も現れた。

ともあれ、食べなれた米飯にカレーが合う・・・と言うのと、世が「西洋、西洋と草木もなびく」風潮で、カレーライス(当時はライスカレー)は、どこの家庭でも大人気。

こうしてカレーライスは、日本の食事として急速に発達・普及した。

昔風・日本的夏カレー(2人分)640

  1. 薄切り豚肉(100g)は食べ易い大きさに切る。
  2. 茄子(3個)はヘタを取って皮を剥き(好みでは皮付きでも)、縦6~8つに切り薄い塩水に晒す。
  3. 鍋に油を熱し、微塵切りニンニク(少量)と2を炒め、茄子がシナッとしてきたら、ローリエ(1枚)と水(400cc)を加える。
  4. 鍋がフツフツしてきたら、一度火を止めて好みのカレールゥ(1/2箱分)を加え混ぜ、ルゥが溶けたら弱火で10~15分煮る。
  5. 1を剥がすようにヒラヒラと入れていき、肉に火が通ったら火を止める。
  6. 油揚げ(1枚)を縦半分に切って細切りし、オーブントースターで5分ほどパリッと焼く。
  7. 皿にご飯をよそい、5をかけ、6を散らして、福神漬けなど添える。

※明日は、和風のドライカレーにします。

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2007年8月 8日 (水)

“南瓜”でコロッケ

この暑さ、寝苦しい・・・けれど、今日は立秋、秋なのだ。

Dsc01645_2秋と聞けば、芋や南瓜が食べたくなるのだが。

ところで、通年市場にある南瓜。

カンボジアから渡ってきたから“カンボジャ→カボチャ”と訛化した名という。

ポルトガル語では「ボウブラ」と言うらしい。

南から来て漢字では「南瓜」と当て字されている。

同様の当て字では西から来た西瓜=スイカ。

胡の国から来て胡瓜=キュウリ・・・など、当て字で渡来の流れを知るのも面白い。

『オナゴの好きな、芋・蛸・なんきん~』の諺がある。

同じことを『芝居・蒟蒻・芋・南瓜』と書いてある場合も・・・どちらにしろ芝居以外は食べ物。

娯楽の少ない江戸時代、男たちは吉原に享楽を求めたが、女たちの娯楽は芝居だった。

大奥でも町家でも、女性たちには芝居見物が最高の娯楽。

その芝居と並び称された蒟蒻、芋(薩摩芋)、南瓜・・・いずれも外国からきた珍しいもの。

昔から、女性は舶来品に弱いのか?。

しかも、いずれもお通じに効く。女性が好む理由はその辺にもありか。

カボチャは、南瓜とも南京とも書くが、別名“唐茄子”ともいう。

大小の瘤(こぶ)が密生した縮緬南瓜(チリメンカボチャ)、縦溝が深い菊座南瓜(キクザカボチャ)などが日本代表の品種。

対する西洋カボチャ代表は、明治初年にアメリカ経由で渡って来た鉞南瓜(マサカリカボチャ)・・・皮が硬くて、マサカリでなければ割れないくらいと、この名が付いた。

しかし、皮は固いが日本南瓜よりホクホクとして甘い、別名“栗カボチャ”という。

因みに、胡瓜のように細長い“ズッキーニ”も、南瓜の一種なのだ。

カボチャは、煮物だけでなく、炊き込み飯、汁の実、天婦羅。

裏漉しして、スープやプディングにも使う。

種を塩煎りしたものは、洋酒のツマミに最適だ。

カボチャのコロッケ(2人分)550

  1. カボチャ(300g)は皮と剥き、種とワタを取って、乱切りにしてペーパータオルを敷いた皿にドーナッツ状に並べ、ラップをして電子レンジ(500W)で5分加熱。
  2. 挽肉(合挽きでも、牛だけでも・80g)と玉葱(1/4)の微塵切りをよく炒め、塩・胡椒で調味。
  3. 1をマッシュし、2を混ぜ、6個くらいに分けて、俵型に丸める。
  4. 小麦粉、溶き卵、パン粉の順に衣を付けて揚げる。
  5. 皿に盛り、グリーンリーフレタスの千切りと、角切りトマトを添える。

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2007年8月 7日 (火)

夏の魚「シイラ」のバジルソース

鮫やシーラカンスのように、太古のままの魚とも言われる“シイラ”。Photo_421

写真は図鑑より

漢字では“鱪”、字をみて分かる通り、暑い夏がとくに美味しい時季だ。

関東では、あまり馴染みの無い魚だが、東北から九州までの沖合いで獲れる。

体長は約1メートル半、体重は6~8kgにも達する大魚だ。

頭でっかちで、平たい特徴のある魚形をしている。

土地ごとの呼び名もいろいろあり、関東から東海・関西・四国にかけてはトオヒャク(トオヤク)、東北・紀州・九州ではマビキ(マンビキ or クマビキ)、新潟辺りではメンカブリと言ったりするが、これは老犬を意味する・・・そう言われれば魚の顔が。

大海原の表層を回遊し、船や漂流物の陰に集まる習性がある。

市販品はほとんど切り身で売られるが、産地で、鮮度のいいものは刺し身にもされる。

白身で水気が多いが、脂肪分は少ない・・・ヘルシーな魚だ。

揚げ物やムニエルが適すが、一般的には塩焼きや照り焼き、味噌漬け焼きにする人が多いようだ。

煮付けにする場合は、いくらか濃い目の味付けにしたほうがいい。

粗は潮汁も。

開いて干すと“干しタラ”に良く似た味がある。

シイラのバジルソース(2人分)735

  1. シイラ(2切れ)は水気を拭き、塩・胡椒して薄く小麦粉を塗す。
  2. フライパンにバターを少量熱し、1を入れて、始めは強火からすぐに中火で両面をコンガリ焼き取り出す。
  3. 2のフライパンの火を弱め、マッシュルーム(1/2缶分)を軽く炒める。
  4. 3にマッシュルームの缶汁(1/2量)、生クリーム(100cc)、タイム少々を加え、フツフツしてきたら、2を戻し、パセリと青紫蘇の微塵切り(各少々)も加えて火を止める。
  5. 輪切りの人参を、ヒタヒタの水にサラダ油少々を入れて煮たグラッセを添える。

※シイラの代わりにマダラやカレイなど脂分の少ない白身魚でもいいし、鶏の胸肉でも美味しい。

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2007年8月 6日 (月)

葉唐辛子の佃煮

872 夏に、小さく可憐な白い花を付け、数日で尖った実を次々に結んでいく唐辛子。

ナス科の辛味植物で、実の付き始めは爽やかな緑で、大きくなるにつれ濃緑になり、熟すと真紅色に変わっていく。

原産地はアマゾン河畔というのが定説。

ペルーの2000年以上も昔の遺跡からも、唐辛子らしきものの断片が発見され話題になった。

明時代の中国に伝わり、それが朝鮮を経由して、桃山時代に日本に伝わったといわれる。

その経由から「南蛮胡椒」や「高麗胡椒」などと呼ばれた。

熟した唐辛子とは別に、この時期になると、未熟な実が付き始めた葉唐辛子が店頭に出る。

これは佃煮などにするが、ピリッとくる辛さを好む人が多く、売れ行きもいいという。

佃煮のほか、刻んで味噌と炒めた“唐辛子味噌”もおかずになる。

葉唐辛子の佃煮873 874

  1. 太い枝から葉と実を外す。
  2. 良く水洗いして、塩少々を入れた熱湯でサッと茹でる。
  3. すぐ笊に上げ、流水を通してアク抜き、水気を絞ってからザクザクと刻む。
  4. 酒と醤油を同量で煮詰める(味付けは好みで)。
  5. ここでは昆布の細切りと煮たが、好みではジャコでも美味しい。

※保存を効かすには、煮詰める前に乾煎りを・・・。

私は葉と大き目の実を分けて煮た。葉のほうは浅炊きに、実はジックリと煮詰めた。

なぜ、大き目の実を別に煮たかと言うと、葉と出来立ての実はまだ辛さもどうってことは無い。

が、唐辛子らしき大きさに育った実は、当たりがスゴイ!。

もちろん、この場合の当たりは、口がひん曲がるくらいの辛さに当たりだ。

物の本に寄れば、ロシアンルーレットのごとき確率で、10本に1本は当たり~ぃ!という。

今回の我が家の葉唐辛子の確立は、もう少し高かったかも知れない。

何度「ヒィ~ッ!!」と涙したことか。

ただ、この刺激が堪らないともいえるから、何をかいわんや。

つまみながら、舌先にちょっとでも辛さを感じたら、まぁ無理はしないことだ。

ヒリヒリ・・・カァ~ッ!・・・ジリジリ・・・しばらくどうしようもない。

夫婦で「当たり~ぃ!」なんていいながら、泣いている。

この賭け事みたいなリスクを暫し愉しんで、取り分けた辛いものは、纏めて刻んで味噌と炒める。

辛~い、唐辛子味噌に変身させる。ご飯が進むよ、怖いね。

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2007年8月 5日 (日)

偽鮑“ロコ貝”の炊き込み飯

Photo_139 回転寿司などで、“アワビ”なんて表示で出てくることがある・・・その割りに値段が安い・・・もしかしたら“チリアワビ=ロコ貝”かもしれない。

良心的な店は、きちんと「ロコ」あるいは「ロコス」と表示してある。

「チリアワビ」と表示してあるのも、まずは良心的な店だ。

このロコ貝は、冷凍や缶詰などで売られている。

アワビよりかなり安価に買える上、使い方ではアワビのような高級感が味わえる。

冷凍や缶詰なら、クリーム煮、オイスターソース煮、グラタンなどが美味しい。028_1

今日は煮貝(¥1000/1個)を買ったので、炊き込み飯を炊いてみる。

チリアワビで炊き込み飯(2合分)043_3

  • 洗った米(2合)に、チリアワビの煮汁と酒、出汁を同量に合わせて、目盛り通りにする。
  • 油揚げ1/2枚を細切りにして加え、普通に炊く。
  • 炊き上がったら、チリアワビ1個は細かく切って混ぜ、もう1個は薄切りにして飾る。

煮汁を使って炊くので、炊き込まなくてもいい味が出る。

つまり、チリアワビは違う料理にしてもいいわけだ。煮汁は炊き込み飯の2回分はある。

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2007年8月 4日 (土)

“ニンニク”で夏バテ予防

Dsc03678 ニンニクの主産地である青森県・田子町からニンニクを送ってもらった。

ここのニンニクは、都内の店頭では他の地方産より数段高価だが、ほっくリした甘味さえ感じる質感で、においもきつくなく、むしろ香ばしい。

ニンニクは、世界各地で《魔よけ》と言い伝えられている。

いまでも玄関先に吊るしてある家を見ることがある。

ニンニクの臭気で疫病退散を願ったのだろう。

尾張徳川家家臣・天野信景がその随筆『塩尻』(巻之六)に、「今俗、疫病流行の時、大蒜(にんにく)を戸にかけ侍るは、如何なるまじなひにやと問ふ人あり」と記している。

この強い臭気の元は硫化アリルで、強い殺菌力がある。

ニンニクにはいろいろな薬効があるが、その中でも、強い殺菌力は、紀元前から知られている。

この殺菌力は、丸ごとでは効果が無く、摩り下ろすことで作用がでる。

あの不滅の憎きヤツ・ゴキブリ・でさえ、摩り下ろしたニンニクと同じ箱に入れると、七転八倒して死ぬそうだ。

第一次世界大戦の頃には、負傷兵の傷を消毒するのにも、まだニンニクの汁が使われていたそうだ。

名医・シュバイツァー博士も、アフリカの病院での消毒にニンニクを使ったと言われている。

また、血圧を下げる作用も報告されていて、これは血管をリラックスさせる成分が含まれるので、血液の流れが良くなり血圧が下がるという。

利尿作用もあり、尿の排出が多ければ、自然に体内の塩分を減らすことになり、それで血圧が下がるとも。

注目は、血液を固まり難くして、流れを良くすると、脳梗塞・脳卒中・心臓麻痺の予防にも繋がる。

さらに、最近は癌の予防にも効果があると、大きな期待をされている。

独特のにおいの成分が、ニトロソアミンや放射線(それも特にガンマー線)による癌の発生の予防になるという。Dsc01258

中国では、ニンニク消費量が多い地域の人たちの癌発症率が低いことが報告されている。

ニンニクはユリ科で、中央アジア原産といわれる。

青森では、まるごと素揚げにして食べたが、香ばしくホックリして本当に美味しいと思った。

急に暑くなったせいか、ちょっと体力消耗で疲れやすくなっているので、今日は串焼きにして熱々に味噌を添え、頑張ってガッツリ食べた。023 

体の芯からあったまり、きっと明日には疲れが抜けているだろう。

豚肉と一緒に調理すると、ビタミンB1の吸収をよくする(一緒の調理ではないが、今夜は豚肉生姜焼き、お腹に入れば同じかなぁ~ということで)。

因みに、ニンニクの花茎は中国料理に良く使われ、日本でもニンニクよりも臭わず、甘味があって食べ易いと人気がある。

これは花茎であり、“ニンニクの茎”と呼ぶべきで「ニンニクの芽」と呼ばれているのは誤用だ。

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2007年8月 3日 (金)

青森はネブタだ

8月の2~7日、青森は東北最大の祭り《ネブタ》で賑わう。

この5日間の観光客だけで380万人を超えるというからビックリ。

去年は、所要で6月末に青森に行ったが、準備中の、まだ色付けされていないネブタを見ることが出来た。Dsc01280 Dsc01279Dsc01281

このネブタは、元々は七夕祭りだったという。

だるさを覚える、暑い日の眠気を、川や海に“眠(ねぶり)流し”として流し、精を出して働こう・・・そんな風習。

起源には諸説あるが、津軽藩祖・為信が文禄年間に作らせた大灯篭から、との説。

平安時代に、坂上田村麻呂が蝦夷征伐で使った、兵を隠し敵をおびき寄せた大人形から、との説など。Dsc01887

とくに後者の説には、ネブタの違いにも触れている。

大きな扇型武者絵灯篭を、勇ましい掛声で引き歩く『弘前ネプタ』は出陣。

超大型組み人形灯篭を引き回し、周囲を踊り跳ねて練り歩く『青森ネブタ』は凱旋を意味するといわれる。Photo_4

それだけに、付き物の太鼓や笛の囃しも、弘前は豪壮に格調高く、青森は賑やかで華やかだ。

青森のネブタ囃しは浮き立つリズム感が、サンバにも似て、海外のカーニバルでも大人気。

この時期の青森は、美味しい物たくさんだ。

まずは、陸奥湾の帆立と平目、大間のマグロなど刺し身盛り合わせ、そして烏賊のテッポウ焼き。Dsc01259_3 Dsc01302_4

水蛸のカルパッチョにマダコの唐揚げ。Dsc01303_2 Dsc01305

山菜ミズの水物と、ヒメタケの煮物。Dsc01300 Dsc01301

そして、青森なら、田子のニンニク丸揚げとホヤ水物。Dsc01258Dsc01307

他にも、鯨のベーコンや海胆・・・今年は母の容態が思わしくなく、 ネブタ見物には行けなかったが、垂涎の味ばかりが思い出される。Dsc01248_2 Dsc01257_2

台風5号が、日本海を回って、東北・北海道に再上陸しそうだ。

豪雨が予想される祭り中日。

どうぞ、無事に終了して欲しいといのるばかり。

北国の短い夏を爆発させるようなエネルギッシュな祭り・・・それが終わると秋風が吹く。

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2007年8月 2日 (木)

寒天の名誉

『寒天の煮返し』という諺がある。

寒天を煮て、トコロテンを作っても、手間の割には~?。743

見かけだけは美味そうだが、実際食べると味がない・・・見かけだけ、という喩えに使われる。

たしかに、寒天の元・トコロテンの98%は水分で、残り2%も海藻類の粘液質。 その2%の粘液質を残して、水分を乾燥させたのが寒天だから、計算上から言うと、100gのトコロテンからは2gの寒天が出来る。

それを煮たからといって、トコロテン状に戻るだけで、味が出るわけは無い。

トコロテンは、漢字では「心太」と書くが、昔はこれでココロフトと呼んでいた。

さらに、その昔は「凝海藻(こるもは)」だったと、平安時代の書物にある。

この海藻類粘液質の食品化は、奈良時代にはすでに僧侶たちの間で食べられていたようだ。

また、朝廷の月々の供え物としても使われていたとの記録もあるから、歴史はかなり遡ると思われる。

トコロテンは、テングサという海藻を煮出し、ドロッとした液を濾過し、上澄みを採取して、それを冷し固めたもの。

海藻の加工品として独特の食品だ。

原液から抽出したものだけに、少し臭いもあり、色も良くないが、これを天日干しして、寒天にする製法が発見されてからは、その寒天からトコロテンを作るようになった。

寒天にしておくと、貯蔵も簡単で、一度晒されるだけに臭いが消えて、味覚が良くなる。

江戸時代の書物には、寒天から作ったトコロテンのほうが上等で、値段も高かったそうだ。

心太 滝みる心 涼やかに    反哺

暑い日に心太を突くのは、滝を見るように、眼に涼やかだ・・・と言った句。

昔は、今のように、既に突かれた状態で、売られていたのではなく、テン突きと呼ばれる細長い箱に、トコロテンを滑らせるように入れ、突き出しでキュッと、網目を通して押し出していた。

さっきも書いたが、ほとんどが水分で、蛋白質も糖質も、ほかにも特記する栄養は無い。

そうではあっても、古代から、今に至るまで、食品として珍重されているということは、栄養だけで評価出来ない何かを持っているのだろう。

『寒天の煮返し』なんて諺は、寒天の名誉のために返上したい。

さて、寒天は、製法によって、天然寒天と科学寒天(工業寒天)に分けられる。

天然の寒気で乾燥させるのが天然寒天で、長野・山梨・岐阜・大阪・京都・神戸などで作られる。

寒天の形としては、角(棒)寒天、糸寒天、粉(末)寒天、フレーク寒天などがある。735_2 740 Photo_436

糸寒天は弾力性や粘度が強いので、少々高価だが、和菓子屋に利用される。

一般には角(棒)寒天が使われることが多いが、最近では使いやすさから粉(末)寒天が普及している。

ミックスナッツの野菜ブイヨン寒天寄せ736

糸寒天の中華風サラダ759

クラゲの代わりに糸寒天を水戻しして使った。

中華風ドレッシングが糸寒天に合う。

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2007年8月 1日 (水)

喉越しツルリの「白玉団子」

やっと梅雨明け、梅雨入りもはっきりしなかったが、梅雨明けもなんかなぁ~の感じ。

だが、これで本格的に夏気分、気温も上がって夏本番。

暑い日の甘味は、カキ氷に冷たい白玉、餡子をたっぷり乗せて・・・。

白玉団子は、シロップで食べるのもツルリと美味しいが、黄な粉や抹茶砂糖、黒蜜、みたらし・・・シンプルに砂糖だけかけてもいい。Photo_460

でも、私の夏は、白玉小豆氷がいいなぁ。

白玉を作る粉は、もち米を加工したものだ。

もち米(うるち米を少し混ぜることもある)を水洗いし、一晩ほど水に浸け置いて、水切りしてから、さらに水を加えながら挽いていく(水挽き)。

この水挽きは、熱を持たないように挽くためだ。

挽いて乳状になった液を攪拌し、篩にかけて、沈殿したものを脱水。Photo_461

天日に干して、乾燥させた粉が“白玉粉”と言われる。

別名“寒晒し”とも言うが、団子や和菓子の材料にされる。

白玉粉は室町時代から鎌倉時代にかけて、中国・南宋に禅の修業に行った僧侶や、向こうから来た渡来僧が持ってきた。

当時は、かなりの貴重品で、身分の高い一部の人間しか食べられなかった。

喉越しのいい白玉団子に、これまた貴重品の砂糖をかけて食べたという。

この白玉団子が大衆化したのは、江戸時代・元禄の頃から。

ようやく庶民でも、何とか砂糖や小豆餡が買えるようになって普及した。

池波正太郎の『梅安蟻地獄』に、「・・・冷水に放って冷えたのを鉢に盛り、白砂糖をふりかけた白玉を口に運びながら藤枝梅安は・・・」とある。

池波正太郎は、さらに『梅安料理ごよみ』の“白玉”の項で、白玉を味噌汁の実にすると書いてある。

西京味噌を使い、やや濃い目に仕立て、木の芽など添えると・・・。

ところで、よく勘違いするのは、白玉粉とモチ粉(上新粉)の違いだろう。

モチ粉は、水洗いしたあと脱水して、すぐ製粉・乾燥したものだ。

大福の皮などには、このモチ粉が使われる。

食感は、白玉粉の方が工程が多い分、キメが細かく、シットリツルリに仕上がる。

白玉を作る時に、半量に食紅で薄く色を付けると、紅白の団子になる。

また、白玉の中に海老や枝豆を包み込むと、茹で上がりが美しく、椀種として来客用に使える。

白玉小豆(2人分)815

  1. 白玉粉(100g)に砂糖(大2/3)を加え、水(140cc)を少しずつ加えながら手で捏ねていく。
  2. 全体に耳たぶくらいの固さになったら、小さめ(直径2cm弱)に、約20個ほど丸める。
  3. 2の真ん中を、親指で押して、少し窪みを付けて平にし、熱湯に入れていく。
  4. 浮き上がってから、さらに1~2分茹でて、冷水に取る。
  5. カキ氷を作り、4を並べて、市販の小豆餡を乗せる。

餡は、自分で作ってもいいが、暑い日に餡を煮るのは大変。市販品を活用。

フルーツポンチに入れるのも楽しいだろうし、蜜やみたらしなど自分の好みで工夫を。

白玉団子の作り置きは勧めないが、残ったらラップに包んで冷蔵庫に入れ、食べる時にもう一度熱湯に通すと柔らかくなる。

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