夏こそカレー(その1)
日々に暑さが厳しくなるが、暑くなって食欲が減退気味でも、不思議にカレーなら食べられる。
夏こそカレーの季節だ、ということで、今日と明日、日本的な夏カレーを紹介(レシピは記事の終わりに)。
まずは「日本にカレー登場」の歴史第一歩を。
日本人は他国の料理に似せた、独特の料理を生み出すのが得意。
カツレツ、コロッケ、オムライス、ハヤシライスなどの洋食をはじめ、アンパン、ライスバーガー・・・そう、ラーメンも。
こうした国籍不明の料理は、どれも結構人気がある。
その両横綱とも言えるのが、ラーメンとカレーライスだろう。
本場インドのカレーとは、やはりちょっと違う日本の味のカレーライス。
それは、インドからどう伝わり、どう変化したのか?。
インドでは、日本の主婦が味噌を合わせて“我が家の味”の味噌汁を作るように、各家庭ごとに数種~数十種の香辛料を合わせて独自の味のカレーを作る。
インドが、イギリスの植民地になった1600年代の頃、初代総督がカレーの原料とインド米を、ビクトリア女王に献上。
そのカレーに将来性を見出し商売にしたのが、クロース&ブラックウェルの2人のイギリス人。
原料を一般人が使い易いように粉に挽き『カレー粉』として売り出した。
会社の名は《C&B》、カレー粉は大成功だった。
このカレー粉で作ったソースをインド米にかけた料理は“カリー・オー・リー”と呼ばれ、明治時代初期には、もう日本に伝わっている。
しかし、伝わったカリー・オー・リーは、何と、長ネギ&生姜&韮が材料で、柚子入りの米飯にかける・・・と言う大変身振り。
玉葱が普及していない時代だから、長ネギや韮は仕方無いとして、バターライスが柚子飯になるとは・・・確かに、ご飯の色は黄色だけれど・・・。
その後も、日本のカレーは変身し続け、明治20年代にはソースはうどん粉入りでドロドロに・・・出汁は鰹、醤油や味噌で調味。ジャガ芋もまだ無い。カレー粉を入れたと言うだけの代物。
明治30年代になって、初めて玉葱が使われ、牛乳を入れる家庭も現れた。
ともあれ、食べなれた米飯にカレーが合う・・・と言うのと、世が「西洋、西洋と草木もなびく」風潮で、カレーライス(当時はライスカレー)は、どこの家庭でも大人気。
こうしてカレーライスは、日本の食事として急速に発達・普及した。
- 薄切り豚肉(100g)は食べ易い大きさに切る。
- 茄子(3個)はヘタを取って皮を剥き(好みでは皮付きでも)、縦6~8つに切り薄い塩水に晒す。
- 鍋に油を熱し、微塵切りニンニク(少量)と2を炒め、茄子がシナッとしてきたら、ローリエ(1枚)と水(400cc)を加える。
- 鍋がフツフツしてきたら、一度火を止めて好みのカレールゥ(1/2箱分)を加え混ぜ、ルゥが溶けたら弱火で10~15分煮る。
- 1を剥がすようにヒラヒラと入れていき、肉に火が通ったら火を止める。
- 油揚げ(1枚)を縦半分に切って細切りし、オーブントースターで5分ほどパリッと焼く。
- 皿にご飯をよそい、5をかけ、6を散らして、福神漬けなど添える。
※明日は、和風のドライカレーにします。
《ば~ばの食べ物事典》を作りました。ご参考になれば幸甚。
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