洋食の歴史(3)・カレーライス
一昨日から、日本独自の味として親しまれる《洋食》を幾つか取り上げている。
今日はその第三話、みんなが大好きなカレー。
文明開化がもたらした《洋食》、ハイカラといわれた懐かしい味のルーツは
意外な発展で、すっかり日本の定食になった《洋食》の歴史。
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(↑野菜たっぷりのビーフカレー)
洋食の中で、常に人気トップの座はカレーだろう。
昭和57年に小・中学校給食史上初の試み、「全国一斉統一献立」が実施され、その時に選ばれたのがカレーライス。
その理由は・・・簡単明快“人気抜群”だから。
さて、日本のカレーで馴染み深いのは、今では“ルゥ”だが元はカレー粉。
カレー粉はカリー・パウダー(英)またはカリー・アン・プードル(仏)と呼ばれる調合粉のこと。
カリーと言うのは、北インドのタミール語でカリ(煮汁=ソースの意)からきている。
もともとのカリは、潰した玉葱、ニンニク、生姜などと多種類の香辛料を合わせて、ギー(水牛のバター)で1時間以上炒めるものだ。
準備から仕上げまでに、繁雑な作業が長時間続くので、インドから本国に戻ったイギリス人たちは、インドで食べたカリの味を忘れかねても、とても自分で作れずにいたのだ。
そこでエドモンド・クロースとトーマス・ブラックウェルの両名が、カレー粉製造会社《C&B社》を設立。
簡単にカリ(もどき)が作れる調合カレー粉を売り出し大ヒット。
このカレー粉はフランスでも評判になり、「カリ・オー・リー」という、今のカレーライスの原型になる料理を生み出した。
日本には、明治初期に渡来し、明治5年出版の『西洋料理指南』や『西洋料理通』に作り方が紹介された。
ただし、この当時はカレーライスとは呼ばず、ライスカレーと言っていたが、その名付け親は“少年よ大志を抱け”の名文句を残したクラーク博士という。
さて、このライスカレーは急速に日本的変化をみせ、醤油や出汁、粘性を出すための小麦粉、少ない肉で具沢山にとジャガ芋や人参・・・やがては、卵やコロッケ、トンカツなどを乗せるまでに発展する。
インド風から西洋風、和風昔カレーに和風ドライカレー、スープカレー・・・カレーはまだ発展途上かも。
庶民の間に普及したライスカレーを、レストランの花形メニューにしたのは昭和に入ってから。
新宿・中村屋や、銀座・資生堂パーラーなどが、「カリ・アンド・ライス」として、ご飯とカレーを別盛りにしたのが大うけした。
これがカレーライスの登場になるが、銭湯の入浴料が五銭の当時に、カレーライスは一皿五十銭だったというが、それでも大好評だったというから恐れ入りやの・・・だ。
家庭用の即席ルゥやレトルトパックの向上で、日本のカレーライスは本場のカリとは、かなり別のものになっていくが・・・。
(↑珍しい、ダチョウ肉のレトルトパック・カレー)
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《ば~ばの食べ物事典》を作りました。ご参考になれば幸甚。
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