チキンカツサンド
鶏の話の八回目、今日はチキンカツサンド。
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鶏肉の料理は多様にあるが、チキンカツレツ(↓)も人気がある。
パン 粉を使った料理・・・と言うと、つい揚げることが考えられるだろうが、カツレツの語源にもなった“カットレット”は、炒め揚げる料理だ。
この炒め揚げる調理法は「パン・フライイング」といい、揚げるより味が数段いいとされている。
このチキンカツレツも、鶏料理の中では馴染まれたものだが、目先を変えてサンドイッチにするのも楽しい。
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鶏の話も八回目ともなると、いい加減ネタも尽きる。
そこでちょっと「闘鶏」について触れてみよう。
この闘鶏は世界各地で、かなり古くから盛んに行われていた。
鶏の原産地は東南アジアだが、そこでは古代から闘鶏の風習があり、これが鶏の拡がりとともに世界に広がったと思われる。
インダス文明の遺跡・モヘンジョダロから出土した印章に、、闘鶏に関する最古の資料だとされる二羽の鶏が闘う姿が描かれている。
闘鶏は、古代ペルシャから古代ギリシャ・ローマ時代に流行、北部ヨーロッパに伝播し、中世イギリスで全盛となった。
なにしろ、イギリスではヘンリー8世が、闘鶏に熱中し、“王室闘鶏場”まで作ったのだから。
現在では『動物愛護』の精神から、ヨーロッパのほとんどの国では闘鶏を禁止している。
ただ、東南アジア、中国、南米では、まだまだ盛んな国も多い。
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ところで、日本ではどうだろう。
闘鶏は平安時代に中国から伝わったが、“鶏合せ”とか“蹴合い”と呼ばれて、宮廷貴族から庶民まで広く流行った。
『宮中行事絵巻』にも、人々が集まって“鶏合せ”に興じる様子が描かれている。
江戸時代には、中国から大きな(身丈90cmくらい)「唐丸」という鶏や、小さなチャボが渡来し、唐丸は闘鶏用に、チャボは愛玩用に飼育された。
ところが体がでかくて、闘鶏として期待された唐丸は、案外意気地無しで闘う気が弱く、やがて遅れて渡来した軍鶏(しゃも)が各地に広まっていった。
シャモはタイから渡来したが、タイは当時はシャムと呼ばれていたので、それが訛化してシャモとなった。
闘鶏用の鶏としては代表的なので、シャモは軍鶏と書かれる。
いまでも兵庫県加西市の住吉神社では、4月3日に氏子たちが抱えた鶏を対面させ、模擬闘鶏をすると言う。
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さて、ここで料理に戻ろう。
サンドイッチ用のチキンカツ(胸肉)は、両面からまんべんなく筋切りして、肉叩きでかなり大きく薄めに伸ばし、塩・胡椒して小麦粉~溶き卵~パン粉を付けてカラッと揚げる。- トマトは横に薄切りして種を取り、キャベツは芯を除いて柔らかい葉部をちぎっておく。
- パンの片面にバターを塗る。
- マヨネーズに芥子、おろしたグリュイエールチーズを混ぜてキャベツを和える。
- 3に4を乗せ、2、1と重ねて皿などで重しをして落ち着かせてから切る。
上に飾ったのは、皮を剥いたキュウリの薄切りとセルフィーユだが、これは無くてもいいし、ピクルスやパセリなど好みで。
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