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2008年6月18日 (水)

日本の鶏料理と鶏南蛮

しつこいようだが、韓国まで書いたら日本の鶏料理も書かなくっちゃ~。

と言うことで、鶏の話の九回目は日本の鶏料理。Photo

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江戸時代までは、トリ肉と言うのは雉などの野鳥であった。

鶏は刻を知らせる、闘鶏、愛玩などの目的で飼育され、食用にはしなかった。

ただ、地方の農家では、地鶏が放し飼いにされ、卵はもちろん、その肉も食べられていたと思われる。

2324そして、各地で地鶏と渡来鶏の混血が生まれ、地方種とも言える新種が出来ていった。

そんな地方種からは、地方色豊かな郷土の鶏料理も生まれた。

秋田の比内鶏を使った「切りたんぽ鍋」、関東の「シャモ鍋」、関西の「カシワ鍋」、九州北部の「水炊き」、九州南部の「刺身」・・・などなど。

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東南アジア原産の鶏は、朝鮮半島経由で渡来したのか、南方から島伝いに渡来したのかは定かではない。

が、どっちにしても最初に上陸したのは九州のはずだ。

しかも江戸時代に開港していた長崎では、鶏を食べる外国人のために増殖されていた。

となると、鶏料理は長崎辺りから広まったと想像される。2325

北九州の鶏を骨ごと煮込む「水炊き」は、外国の鶏料理「ポトフー」に倣った料理だと言われる。

現在でも、九州の鶏肉消費量は全国的にトップで、ダントツに多い。

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鶏は昔から、京都や大阪では“かしわ”と呼ばれていた。

これは、古代宮廷では料理を柏の葉に盛ったといわれ、食膳を司る者を「かしわで(膳臣)」と呼んだことに由来する。

つまり鶏はそれだけ食材として貴重で珍重されたのだという説。

また、地鶏の羽の色が秋に集めた柏の葉の茶褐色だからという説。

さらには、捌いた鶏肉(胸肉、腿肉とも)の形が柏の葉に似ているからという説。

諸説あるが、いずれも昔から京阪神で「かしわ」は最高のご馳走だったということだ。

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2327 東京ではシャモの若鶏が最高のご馳走で、京橋、日本橋、人形町、新橋、赤坂、上野、浅草、両国などでは「シャモ鍋」を供する料亭が大繁盛した。

昭和初期、大学出の初任給が25円くらいという時代に、「シャモ鍋」が3円以上したというから、どれだけ高価だったのか分かるだろう。

日本伝統の鶏料理では「カシワ」にしても「シャモ」にしても、骨を取って切り身で使う料理が多い。

これは、魚文化の日本独特の食べ方であったと思われる。

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本当は、昨日で鶏の話は終わる予定だったが、マグロ君に「宮崎の鶏南蛮は~?」と聞かれ、宮崎の鶏南蛮は食べたことがないので、調べたら今はタルタルソースで食べるのが定番になっているらしい。

ただ元祖とも言われるのは、普通に甘酢で漬けたものだそうだ。

南蛮という語源から、玉葱を使ったタルタルソースは基本的に違うと、私はあくまで流行より元祖に倣って“ば~ば流鶏南蛮”を作った。

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memorestaurant鶏南蛮(2人分)2316

これは、日本人の特性が現れ、海外料理を和食にしてしまった一例。

南蛮とは葱のこと。

  1. 鶏肉は骨付きを使ったが、骨無しでも構わない・・・適量の鶏肉は一口大に切って、酒と醤油を少量揉み込み、片栗粉を塗して揚げる。
  2. 長葱は4cmほどの長さに切り、焼いておく。
  3. 酢(100cc)、出汁(50cc)、味醂(50cc)、薄口醤油(40cc)、砂糖(大1/2)を合わせてひと煮立ちさせ、それをボールに移して赤唐辛子(1本)の小口切りを加える。
  4. 揚げたての1と、2を3に漬け込む。

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crown富士通Azbyclub「プラチナブロ」殿堂(08・5)入りhappy01

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改訂《ば~ばの食べ物事典》を作りました。ご参考になれば幸甚。

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