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2008年7月20日 (日)

箸の話&蓮の写真

今日は『箸』の話をしてみよう。

で、その前に、今朝撮って来た“町田・薬師池”の『太古の蓮』を・・・。013

『HASI』と『HASU』~考え過ぎないで、偶然、偶然! 021 017 023

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さて、本題の『箸の話』。

人類が初めて道具として手にしたものは・・・一本の棒だそうだ。2188_2

その棒は、手では届かない高い木の枝の果実や木の実を叩き落としたり、獣の眉間を強打して獣を動けなくしたり・・・。

土の中の草の根や球根(芋)を掘り出したり、海辺で貝を探し出したり・・・。

脚を怪我すれば杖になり、腰が曲がれば身体の支えに・・・。

真っ赤に焼けた石の上から、熱々の肉類の塊を刺して取るのも棒だったし・・・。

棒は魔法の道具だったのだろう。

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やがて、棒の先端に鋭利なものをくっ付けたり、楕円形の石を結びつけたり。

細い棒をフォークのように使って、食べ物を口に運ぶことも覚えた。

とくに狩猟社会の食事はドングリなどの粉末を団子状にしたものと、焼いた肉・魚類など。

2191どちらも一本の串に刺した形態が現代にも残っている。

一本の棒が、食事用に一本の串になったのだ。

日本ではこの串は、神事や祭事に伝承されていることが“玉串”に見られる。

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一本の串から、二本の箸になったのはいつからだろう。

『古事記(上)』のスサノオノミコトの「やまたの大蛇」の条に、「このとき、箸その河より流れ下りき・・・」と書かれている。

河で食器を洗っていた乙女が箸を流してしまったことで、スサノオノミコトが大蛇を退治することになる神話だ。

ただ、ここで登場する箸は、二本箸ではなく、50cmほどの竹の真ん中を曲げたピンセット状のもの。

“はし”の名は、その形状が鳥のクチバシに似ていることからだという。

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「箸」の字を分解し語彙を考えると、「者」には“拾う”と“台上で煮る”の双つの意味がある。

「竹」の冠によって“煮たものを竹で拾う”となる。

上記の神話の時代は弥生時代後半から古墳時代が舞台なので、その時代には食生活も煮炊きされ、生活水準が大きく向上していたのだろう。

熱い汁から具を取り出すには、ピンセット箸は便利だったと思う。2189

その後、奈良時代初期には中国から二本組の箸が渡来、これは「唐箸」と呼ばれて、発酵食品や塩辛類、なめ味噌類を口に運ぶのに使用された。

食べるものが大雑把なときにはピンセット箸、やがて食べ物の質や量、味を感じながら食べるようになると二本箸に変わっていったのだろう。

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『箸と亭主は強いがいい』という諺は、割り箸が登場した江戸時代後半だと思われる。

饂飩や蕎麦の店が、安い割り箸を使い始めたが、ささくれたり、折れたり、まっすぐ割れないなんてザラ・・・それを庶民のおかみさんたちが、ひよわでぐうたら、ろくに稼ぎのない亭主に悩んで譬えたのだ。2185

また『箸の上げ下ろしにも文句(小言)いう』という諺もある。

一挙一動の細かいことを、口うるさく言われることだが、それはまさしく箸が日本の食文化の原点だからだ。

箸を使う食文化が形成されてきた中で、箸で食べやすいような調理や料理、食器、配膳、マナーが工夫され発達。

だからこそ、箸使いは食事作法の根本として、厳しく躾けられ守られてきたのだ。

小言を言われて『箸に当たり、棒に当たり』するようでは、『箸にも棒にもかからぬ』と言われるだろう。

2190『箸が転げても可笑しい』『箸で飯茶碗を叩くと餓鬼が来る』『箸を粗末にすると口が痛くなる』『箸で挟み合うと仲が悪くなる』・・・こんな諺はもう通じない。

箸食文化の和食でさえ、箸離れしつつあるのだから仕方ないのだろうか。

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『手は外に現れた脳である』『第二の脳』とか言われている。

そして日本人は器用だというのも世界で認められていることだ。

つまり、箸を使うことは指先の器用さにも繋がるから、脳の進化にも影響があるのかも知れない。

それが、最近は、スプーンやフォークを使う機会が増えて、箸使いが下手な人が増えているという。

日本人は器用・・・そんな定説も、間もなく消えてしまうのだろうか。

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