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2008年8月 9日 (土)

唐辛子

Photo_3 唐辛子(とうがらし)、唐芥子や蕃椒と書くこともある。

ナス科トウガラシ属の、栽培種の実から得られる辛味のある香辛料。

野生種を含むこともある。

唐辛子の仲間には、ピーマン、シシトウ、パプリカなど辛味が無い(またはほとんど無い)品種(甘唐辛子)も含むが、ここでは辛味のある品種に限定して書く。

唐辛子は“唐”から伝わった“辛子”の意味。

ただし、ここでいう“唐”とは、ばくぜんと外国を指す言葉である。

同様の使い方としては、南蛮辛子(なんばんがらし)や、それを略した南蛮という呼び方がある。

九州の一部では唐辛子を胡椒と呼ぶことがある。

柚子胡椒の「胡椒」も唐辛子のことなのだ。

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唐辛子の総称として、鷹の爪という言葉を使う場合もあるが、これは誤用。

正確には「鷹の爪」は唐辛子(トウガラシ)の品種の一つに過ぎないのである。2037

唐辛子は、現在では世界中の国で多く使われているが、アメリカ大陸以外歴史では比較的に新しいものである。

南米では、ペルーの2000年以上も昔の遺跡からも、唐辛子らしきものの断片が発見されているが・・・。

クリストファー・コロンブスが、1493年にアメリカからスペインへ最初の唐辛子を持ち帰った。

以来、唐辛子の伝播は各地の食文化に大きな影響を与えた。

ヨーロッパでは、輸入に頼るしかなかった胡椒に代わる自給可能な香辛料として、南欧を中心に広まった。

16世紀にはインドにも伝来し、さまざまな料理に香辛料として用いられるようになったという。

バルカン半島周辺やハンガリーには、オスマン帝国を経由して16世紀に伝播した。

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日本への伝来は、1542年にポルトガル人宣教師が、大友義鎮に献上したとの記録があるほかにも諸説ある。

南蛮胡椒と呼ばれていたのはこのことからであるとされる。

日本では最初、食用とはならず、観賞用や毒薬として用いられた。

一方、朝鮮から日本へ伝来したとする説もある。

九州地方と朝鮮の間での貿易により伝わったとする説では、その後、朝鮮出兵で連れ帰った陶工(唐人と呼ばれた)たちが栽培し、だから「唐辛子」と呼ばれるようになったと言うもの。

現在では、伝来した時期や経路は、複数あったものと考えられている。

朝鮮では、日本から朝鮮へ伝来したとする説が有力である。

その一つは、豊臣秀吉の朝鮮出兵のとき、武器(目潰しや毒薬)または血流増進作用による凍傷予防薬として日本からの兵が持ち込んだと言われている。

また、江戸時代になって朝鮮通信使が日本から持ち帰ったという説もある。

「大和本草」(貝原益軒著)には、蕃椒という記事の中に「昔は日本に無く、秀吉公の朝鮮伐の時、彼の国より種子を取り来る故に俗に高麗胡椒と云う」と書かれている。872

これは一見相反す るが 、日本に伝わった当初、国内にあまり広まらなかったまま、唐辛子が朝鮮にも伝来したためである、という説が立てられている。

確かに、同時代に朝鮮では倭辛子と呼ばれていて、これは日本から伝わったためであると考えられている。

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まもなく、葉唐辛子が店頭に出てくるだろう。

葉が青々として若い実が付いたばかりの葉唐辛子は佃煮にすると美味しい。

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