(´;ω;`)ウウッ・・・(u_u。)
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昨日の未明、『キング・オブ・ポップ』と評されたアメリカの歌手マイケル・ジャクソンが急逝した。
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数日前から、夜中に彼の歌のフレーズが耳の中に響いて、それならいっそと、毎夜イアホンで彼のCD
を聴いていた。
夜中に聴くのは静かな曲がいい・・・マイケル・ジャクソンの歌を聞いていたら眠れない・・・と思われるだろう。
それが、不思議に聴いていると心が落ち着き、耳の中の音も消えていく。
一昨夜もそんな状態で眠りに付き、翌朝は夫が
ゴルフ
なので早起き。
早朝のTVで、真っ先に目にしたのは彼の急死だった。
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私がマイケル・ジャクソンのフアンになったのは、『マイケルジャクソン JAPAN TOUR 1987』横浜アリーナ以来。
彼の歌声には賛美歌とも違う、霊歌のような絞り出す命を感じる
。
それはマイノリティと呼ばれる人たちの、心底に押さえ込まれた暗闇からの呻き、叫び、悲鳴なのだろうか。
地位や名声を手にしても、人種というしがらみは付きまとう。
『有色人種』のレッテルを跳ね返そうとする爆発する炎のような歌に、私の心はガッチリつかまった。
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この公演は、夫が取引先から頂いたチケット『マイケル・ジャクソン日本公演』。
横浜アリーナVIP席、1987年10月3日(土)のコンサート、娘は行きたいと~。
息子は「明後日に武道館にボン・ジョビの公演を観に行くからいい!」と素っ気無い。
娘と私が行ったが、何となんと、その席は息子の憧れ
ボン・ジョビのSPを挟んだ隣。
(勿論、息子のためにサインを~娘が英語で懇願して貰った・・・息子が泣いて悔しがったことは言うまでも無い)。
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VIP席なので興奮して立ち上がって踊る、ということは出来なかったが、私は酔った。
彼の歌う声は時にゴスペルのようであり、単にロックやポップに分類できない異色な響きがあった。
今でも破られていない世界一の売り上げと言われ、ギネスの記録に残る『スリラー』の頃、マイケル・ジャクソン全盛時代だった
それからは、マイケル・ジャクソンのテープを買ってウォークマンで聞きながら原稿を書いたりするほどに。
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数あるアルバムの中で、私が一押しなのは『マイケル・ジャクソンNUMBER ONES』。
彼の歌の軌跡がすべて分かり、奇行や問題が多いと言われた人生の中での彼の悩みまでが伝わる気がする。
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幼少時から卓越した歌唱力を賞賛され、人気者にはなれても付きまとう人種の問題。
子供らしい遊びや悪戯をする時間も無く、大人しく振舞うことで鬱積した時間が変えていった彼の本当の心は何処に埋もれたのだろう。
どの歌だったか思い出せないが、「僕の少年時代が見つけられない」といったフレーズが蘇る。
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『BLACK OR WHITE』で、彼は
肌の色が黒だって白だって、それが何なの?、そんなこと問題じゃないよ。
肌の色だけで判断されながら生きるのは大変なんだ。
と唄っている。
たとえ、どれだけの栄光を手に入れ、人種問題と闘っても、変わることの無い差別や偏見。
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マイケル・ジャクソンはやがて人種問題から環境問題に心を動かしていく。
『EARTH SONG』『HUMAN NATURE』・・・そして『SAY SAY SAY』。
どんな活動に加わってみても、マイノリティと呼ばれ人種差別のしがらみで心底に生じた巨大な暗闇に光を差し込むことは出来なかったのか。
でも、彼の歌で世界のマイノリティが生きる力、夢、明日を貰ったのだ
。
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彼自身は心を掘り出し慰めてくれる人に巡り逢ったのだろうか。
50年の人生の前半に多くの栄誉と名声を手にし過ぎて、後半は財政難、皮膚組織が壊れる不治の難病までが揶揄されるがごとくマスコミに騒がれた。
ただ、世界の先進国といわれるアメリカに未だ現存する多くの問題に、彼が立ち向かっていた事実だけは記憶しておきたい。
ギネスの記録に残る『キング・オブ・ポップ』は、ワールドワイドなエンターティナーとしても多くの人の記憶にも残るだろう
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富士通Azbyclub「プラチナブログ」殿堂(08・5)入り
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