無宗教だったはずが
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飲食が出来なくなる苦痛と切なさを夫の闘病で思い知りました。
健康でいられる大事さを再確認し、誰もが『美味しく食べたい』思いが続きますように。
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夫も私も死生観が同じで『死ねば遺体は単なる有機物、焼却された骨は無機物。
遺体に思いを残すこと無く医学献体し、骨は粉砕して地に還ろう』
そう話し合っていましたが、亡くなる直前に散骨ではなく樹木葬を提案したらそれを希望して、夫は献体に行きました。
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ただ、私達は無宗教の我が身の終末だけを話し合い約束してきたのに、残された方の途中の気持ちの処理を考えてませんでした。
心に思い出を刻んでいるだけで良いと話し合ったのに、遺影に手を合わすだけでは物足りなくて。
だから、何となく実家の倣で仏壇を買い、本尊を祀り、俗名ながら位牌も揃えて。
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「完全に無宗教から逸脱しちゃったね」と息子にも言われました。
夫は戸惑ってるかしら、宗教に拘りたくないと言い切っていたのに~。
仏壇や位牌は私の気休めなのかも知れません。
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ただ、その前に座って香をたき、手を合わせていると落ち着くのは確かです。
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他には舞茸のタルタル和え、オクラとメカブの酢の物、親芋(里芋)と鶏団子煮。
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もちろん、肝も使いましたよ…いい出汁が出て美味しいですね。
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これからは私自身を守って生きて行くのが夫の思いに酬いることでしょう。
どうぞ、変わらずに見守っていただけますようお願いします。
富士通Azbyclub『プラチナブログ』殿堂(08・5)入り![]()
改訂《ば~ばの食べ物事典》ご参考になれば幸甚。
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『女神の料理レシピ』(服部幸應監修)の「鰤料理レシピ」と「各地の女神・男神より(お餅の美味しい食べ方教えて、アイディア5)」にも掲載されています。
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コメント
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ばーば様
お気持ち良くわかります。
生前夫と話し合っていたことは違って
お墓も求め仏壇も俗名の位牌も作ってしまいました。
そしていずれ私も逝く時には
あそこに入れてねと頼んでおけば
子供達が迷わずに済むだろうという安堵感。
夫が亡くなって始めて判ったことでした。
残された者が 気持ち穏やかに過ごせることが
何より大事なことだと思います。
美味しそうなサザエの炊き込みご飯ですね。
磯の香りがしてきそうです。
投稿: りこぴー | 2011年12月 1日 (木) 21時07分
ばーば様、 手を合わせることで、ばーば様の気持ち、心が癒される事は確かだと思います....
たくさん何かをお願いするとかじゃなく、毎日、日々、無事に過ごせますようにとお願いして、語り掛けたり、それが毎日の日課になると思います、それだけでも、残された者は気持ちが癒されます....
じーじ様も、それで良しとしましょう
貴女の良いようにしてくださいって、おっしゃっていますょ
大切な人、家族が亡くなって分かること、教わること、ありますょね....
手を合わせること、祈ること、いいことだと私は思います....私は癒されます....涙する時もありますが......いつも朝、かならず、一言二言は語り掛けていますょ....
投稿: エイ | 2011年12月 1日 (木) 23時05分
クリスチャンの埋葬のなかで一つユニークな
ものがあります。じーじ様のようなケースです。
教会のそれ専用ガーデンに灰をまくんです。
ただ、何処に誰の灰をまくのかは、遺族には
知らせないそうです。夫はミシガン湖に灰を
まいてほしいといっていますよ。お墓や葬儀は
無用。ただ、写真を飾ってホームパーティー式に
見送りの会を開けば、、、とも。
残されたものは、心の置き場に困りますよね。
お仏壇に手を合わせると心が落ち着くのは、日本人
だから。私も一度お線香をたいて両親の写真に手を
あわせたことがありました。
でも、私の大切な人達は、いつも私とともにいます。
ばーばサマも同じですよ。ご主人はいつもアナタとともに。
死は一時のわかれ。
お辛いですね、、、。
投稿: みどり | 2011年12月 1日 (木) 23時49分
おはようございます♪♪
仏壇や位牌、・・・・・・。
気休めですか、・・・・・・。
前に座って香をたき、手を合わせていると落ち着きますか、・・・・・・。
サザエ、・・・・・・。
大好物です。
最近、食べていません。
食べたくなりましたよ。
是非、・・・・・・。
いつも、コメント&応援ポチに、深謝です。
応援ポチ♪♪
投稿: siawasekun | 2011年12月 2日 (金) 03時14分
人というものは何かどうしようもなく困った時こそ
人知を超えた力にすがりたくなってしまうもの。
それが神様、仏様ってところなのかもしれないですね~。
でもば~ば様の場合は「神様」「仏様」「じ~じ様」ってところなのではないでしょうか☆
ps 長男の学校でのこと、暖かいコメントをくださりありがとうございました。
投稿: やまがたん | 2011年12月 2日 (金) 07時26分
僕も宗教には拘りたくないです。
亡き母の墓や位牌はありますが,馬鹿っ高い仏壇は無用。
戒名なんてお金払ってなんぼと聞いて,やはり地獄の沙汰もかなあ…と。
鰯食べたい~って新鮮なものですけど。
旬は梅雨のころなんでしょうけど,あの皮の下の脂がたまらない
(*゚ー゚*)
投稿: 三角亭 四角 | 2011年12月 2日 (金) 10時33分
ば~ば様 お早うございます~
ご仏壇に位牌とお写真・・・
宗教に関係なく自然と手を合わせる・・・
日本人のごく当たり前の事だと思います~
主人も生前戒名はお金を出して買うものではない
と言っていたので並にしました(笑)
一字だけ主人の名前を入れてもらいました~
ご仏壇にお花を上げ香を炊き遺影に話しかける・・・
ほんとうに心が落ち着きます~~
投稿: yokko | 2011年12月 2日 (金) 10時52分
ば~ばさん こんにちは。
亡くなられたかを想い、偲び
お仏壇にお線香を上げお茶をあげ
手を合わせ語りかけると・・・
本当に気持が落ち着きますね。
投稿: チーちゃん | 2011年12月 2日 (金) 11時21分
ばーば様、こんにちは。
宗教の考え方にもよると思います。
キリスト教、イスラム教の世界では、宗教は、神と一対一の「私」との契約の面をもち、モラル・ハザードです。
その方の宗教を聞けば、その人がどんな価値観とモラルをもっているかが、わかります。それが宗教の形です。
ばーば様が今日書かれていた仏壇と、その前で祈るありようは、宗教をもたないといわれる日本の方の、古くからの「祈りの形」にならっておいでだと思います。
八百万の神でも、仏様でも、どれもみな、じーじ様と同じ、命の流れにつながる何かです。
それに祈りを手向けることで、静かな気持ちになられるなら、それをあえて宗教と呼ばなくてもいいのでは、ないでしょうか?
祈りは、個人の中にあるものです。
祈りも宗教も、その形に拘る必要はないのではないかと。
投稿: 過労死予備群 | 2011年12月 2日 (金) 15時38分
日本人は昔から仏壇に手を合わせて来ました。
それでも、信心深い人は少ないのではないでしょうか。
私のように、何も考えずに手を合わせて来た者とは違い、ば~ばさまは、ご主人さまに語りかける・・・そして手を合わせて落ち着く・・・。
それならそれでいいと思いますよ。
宗教ではなく、ご主人さまを信仰してるという事で・・・。
投稿: persian | 2011年12月 3日 (土) 01時29分
その人の年齢や、その時の生活環境・周囲の影響で
『死生観』は移ろうのかも知れませんね。
私自身も『臓器提供意思登録者』であり、海への散骨を希望
しています。
決めたのは10年以上も前ですが、今のところその頃の気持ち
に変化ありません。
私の考え方に理解は示していても、家族は哀しい顔をします。
(順番でいけば)親よりも夫よりも、私が後から逝くのに・・虚しく
感じるものなのかしら。
もしも両親や夫が私と同じことを望んだら、いよいよ『その時』に
私は揺れる気持ちの処理に惑うのでしょうか?
ば~ば様のご心情に触れて、あらためて考えました。
無宗教の私ですが、『ご先祖様』は崇めています。
あちらから、みんなで私に勇気と奇跡を与えてくれている・・と
感じます。
どちらの神様とは拘らず、真心込めて祈ることで気持ちが
救われているのでしょう。
行く行くは私も、素敵なお仏壇を飾ります。
ご先祖様のために、両親・夫のために、何よりも自分自身のために。
投稿: 背黒シマネコ | 2011年12月 3日 (土) 03時09分
いつも温かなお心遣いを頂き励まされております、ありがとうございます
子供たちや孫たちにもじ~じの居場所として手を合わせる処が必要でしょう、仏壇や位牌もみんながそこで安らぐことが出来るならいいですね
朝晩に手を合わせ声を掛けることで気持ちが引き締まり、生活にケジメが付く気がしますね
いつも心の中にはいるのですが、その心と向き合って語りかけられるのが仏壇なのかも知れません
いつも応援しコメントを頂いて感謝致し、励みになっております
仏壇を堅苦しく思わず、今は夫の居場所だと考え夫に何かと語りかけています
お寺とは無縁に仏壇も位牌も用意しましたが、こんな遣り方もあっていいかと
仏壇の前に座ることで1日が始まり終わります、生活のシマリになりますね
毎日がお線香から始まり、今日の無事を祈り落ち着いて暮らせます
ありがとうございます。
特に宗教は持っていませんが、夫や父母たちを想って祈り、気を鎮め、安らぐ場所を作ったと思っています
そう、宗教の仏壇ではなく、夫に語りかけられる夫の居場所を作ったんです
私の父は臓器提供を望んでいたのに、あまりに急に逝って後になって母が「望みを叶えて遣れなかった」と悔やんでいました。
私たち夫婦が献体を決めた時にも全員が諸手を挙げて賛同と言うわけにはいきませんでしたが、固い決意はやがて伝わりました
。
投稿: ば~ば | 2011年12月 3日 (土) 11時46分