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2012年1月10日 (火)

亡き人への哀想

hospitalmemo美味しく食べられることが健康の証、みんなの『美味しく食べたい』思いが続きますように。

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昨年は大きな災害が続いてあり、たくさんの方が犠牲になられました。

亡くなられた方々に哀悼の意を捧げるとともに、大事な人を失くされた多くの方にも愁傷の思いを寄せます。

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身内の死は、何にも換え難い悲しみや心の痛みです。

亡くなったのが誰であれ、その悲しみや嘆きに大小や軽重、深浅などの差はあるはずも無く、比べられるものではありません。

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penそのことを心して、これから書くのはあくまで私個人のことで私感です。

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私が記憶にある最初の身内の死は父でした。

その前の祖母の死は、私が赤子過ぎて記憶の一片もありません。

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父は私が21歳の時に急逝し、たまたま私だけがその瞬間に立ち会えました。

あまりに突然のことで、悲しいと思う感情が直ぐには湧いて来なかったと記憶してます。

それより、これからの生活、子供が誰一人自立してない母のことが頭を占めて。

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その数年後には母方の祖母、でも離れて暮らしていて滅多に会っていなかったし、高齢で長く寝ていたので、一般的な悲しみだったように思います。

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結婚して、娘が生まれて、その後には死産と流産がありました。

死産の時は、さすがに落ち込み立ち直る時間や援けが必要でしたが~。

夫がいたし、何より3歳の娘が居たことで支えられ、1年ほどして息子も誕生。

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10年前には舅の死、姑の死、4年前は実母の死・・・悲しい中でも受け止めてこられました。

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いろんな別れの中で、私は私自身の悲しみに色合いと言うか形に違いがあるのを感じます。

それらは、あくまで私だけの感覚なのですが。

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我が子の死は、死産でさえ血肉を分けているだけに酷な悲しみ。

多分、それが育てた子ならもっと身を裂く思いの哀しさでしょう。

損得も何も考えず、ただ血肉を分けた子への詫びにも近い悲しみ。

子が先に逝くという理不尽さが受け入れ難いから、より悲しみが強かったのでしょう。

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親の死ももちろん悲しかったけれど、それはこれから相談し頼れる人(無条件に自分の味方をしてくれる人)が居なくなる哀しさかも。

本音の愚痴を聞いてくれる、泣き所が無くなる…そんな哀しみも何処かに含まれていたかしら。

血肉を分けてくれた人への感謝と惜別からの悲しみ。

ただ、親は自分より先に逝くと、どこかで納得していたから悲しみも受け入れられました。

両親を送るのは子の倣い…誰しもが必ず通る別れの道、自分が子から親に代わる大人への道だと。

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そして夫との別れは血肉を分けては居ないのに、自分の半身であることで痛いほど切ないのです。

与えられたでも無く、与えたでも無い、我が身心の半分を切り離す想い。

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特に父の1回忌直前に知り合った夫は、私にとって時に父であり兄でもありました。

男性視点で物事を教えるのは夫だけでしたからね。

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一緒に生きようと誓った同志、他人を肉親に変えた二人の歳月。

親や我が子と一緒に暮らしたのは20年余、夫とは44年ですもの。

一緒に子育てをし、一緒に老後を語らい、一緒に暮らしの歴史を紡いで来た時間。

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積み重ねた人生の半分、我が身を失った如きの痛さを復元できる時間はどのくらいかかるのでしょうか。

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今夜はメロの照り焼き、メロは脂乗り抜群で旨い魚ですね。3989

他には鶏肝赤ワイン煮、卵黄納豆、オクラと湯葉のお浸し、カボチャ煮。

メロに添えてあるのは卵白を炒って茶巾絞りしたもの、メロのたれを絡めて食べると美味しいです。

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夫の思いに酬いるように、元気に生きて行きます。

どうぞ、変わらずに見守って頂けますようお願いします。

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改訂《ば~ばの食べ物事典》ご参考になれば幸甚。

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『女神の料理レシピ』服部幸應監修)の鰤料理レシピ「各地の女神・男神より(お餅の美味しい食べ方教えて、アイディア5)」にも掲載されています。

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コメント

ば~ばさまがご主人様を失ってどれだけ悲しんでいらっしゃるかが痛い程伝わって来ます。

教室で私より年上の生徒さんが殆どですから、いろいろと人生勉強になるのですが、今まで、「血の繋がった親や子と夫とは全く違う、夫なんか他人なんだから・・・」という事をよく聞いてきました。
私の母は父の死後、がっくり来てましたが、仲のいい夫婦だったからなんだろうなと思っていました。

ば~ばさまも、ご主人さまがとても優しい良い方で、ご夫婦仲が良かったから、とても深い悲しみなんだろうなと思います。
まだ日が浅いので本当に辛いとは思いますが、そういうご夫婦だった事、羨ましくも思います。
まだまだ時間はかかると思います。
辛い時はこのように吐き出して下さいね。

同じ死でもこんな風に感じ方が違うものなのですね
私は祖父母と義両親位しか直面したことがありません。

これから自分の両親が・・・と思うと…
喩えようのない恐怖に襲われますが、
わが子や夫というのは想像することさえ・・・

深い深い悲しみ…
こうやってコメントすることくらいしか出来ませんが
美味しいものを食べて、体を治して、早く元気になって下さいね
応援

こんにちは
私も数々の死というものに遭遇している一人です。
これを分析するには、心理学という学問を使った
ほうが自分的にはサバイバルできそうでしたね。
しかしですよ、人の心とはそんな風に割り切れるもの
ではないですね。悲しみは、誰かに語ること。
決して、自分だけの胸の中に潜ませないこと。
さらに、悲劇を生むようです。ばーばさまも、どなたか
にお心のうちを語ってくださいね。
お体はいかがですか?

おはようございます♪♪

昨年は大きな災害、・・・・・・。
たくさんの方が犠牲に、・・・・・・。

ば~ばさんの身内の死、・・・・・・。
何にも換え難い悲しみや心の痛み、・・・・・・。
詳しい説明から、伝わってきました。
お気持ち、お察し申し上げます。

自分の父、弟の死、・・・・・・。
数年前、・・・・・・。
思い出してしまいました。

メロの照り焼き、・・・・・・。
食べたことがありません。
食べたくなりましたよ。
ぜひ、・・・・・・。

いつも、コメント&応援ポチに、深謝です。
応援ポチ♪♪

ば~ば様 お久しぶりです。
色々と考えさせられる記事をありがとうございました。
親などには縁遠い私、特に悲観的に考えたこともありませんでしたが
家庭を持つ身となった今ならば、家族を欠くということは
体の半身をなくすと一緒なのだと強く思います。

ただ、悲しみにずーっと打ちひしがれてばかりでは
心が折れてしまいますので
たまには明るいことにもお気持ちを向けられてはいかがでしょうか。

clover じ~じ様とご一緒に、歩まれた日々を追想される、
ば~ば様のご様子に胸がしめつけられます。
・・と同時に、場違いな言葉かもしれませんが、とっても
眩しくもあります。

それだけ愛し愛されたご夫婦だったのでしょう。
亡くした方との関係よりも、相手を想う気持ちの深さ・
絆の太さなのでしょう。

じ~じ様と出会われたこと、ご家族が出来て本当にお幸せ
な人生をお過ごしなこと・・。
これからもずっとずっと誇りになさってくださいね。

まだまだお辛い時間は続くでしょう。
哀しみの涙を流されることは、自己再生のひとつの方法
だと思っています。

思いの丈をぶつけてください!
明日はきっと笑顔が復活されますよ。clover 

ばーば様、おはようございます 

ばーば様と同じような気持ちで毎日を過ごしています....

先に逝ってしまった、大切な、愛していた..愛する者たち....

襲ってくる寂しさ、哀しみ、虚しさ、ああすれば良かった、こうしなければ良かったと、向き合う後悔....
悲しみは寂しさは、自分を責める形になり、私の胸を苦しめます.....

私は、今生きています、だから、苦しみは.....愛していた、今も愛している、ありがとう、ごめんね、いつかまた会える....
その気持ちだけです.....

泣いてばかりは、いけませんょね...

でも、ばーば様は、きちんと食事を作り、泣いたり笑ったりしながら、毎日を日々をしっかり歩いています...

今、生きている私たちは、それでいいと思います...

愛とか絆は亡くなって、また、あらためて再認識できますね....

 ずっとずっと愛して、時に泣き、また時に笑い、そんなふうにして、「いつかまた会える」愛する者達のためにも、二度とは戻れない今を、ユックリ生きていけばいいと私は思いますconfident
 
心、折れちゃいそうなほどの寂しさが襲った時は、ここで想いのたけを綴ってくださいconfident
 音楽聴いて泣いてくださいconfident

今を生きる私たちには、それしか出来ないんですからconfident

 ばーば様は立派です。私のお手本なんです。 
 いつもいつも応援していると同時に、私もばーば様に背中を押されているのですから......

辛いですね。
時が和らげてくれますように。
そして、今の苦しみ悲しみは、他の者たちへの愛へ変わっていくと思いますよ。
ばーば様なら。

ばーば様、こんにちは。
今日の記事には、ばーば様の哀しみ、それを何とかして書くことで自分の気持ちを整理できないだろうか…と試みられたのではと、私は受け取りました。
文章から、じーじ様は夫としてだけではなく、父親の面を兼ねるだけでもなく、ばーば様の気持ちの安定する大地のような場所だったのではないかと、拝察します。
愛や喜び、存在許容、怒り、哀しみ、理不尽。それらが昇化できて、自分に帰るための、特別な時間や場所が、じーじ様との暮らしの中や心の中にお有りだったのではないかと。
哀しみから離れられるのに、あと何年かかるか?の答は、ばーば様のお胸の中にあるのでは?
お心を充たされた44年と同じ時間が必要かもしれません。心の立ち位置をばーば様の内側に見つけられるようになるのは、じーじ様を忘れてしまうことではないと感じてくださるようなら、また違うのでは、と考えました。
今日は、ばーば様をより悲しませるような、お返事になってしまったか…案じています。44年あったものが無くなって、まだ三月もたちません。ありのままの気持ちで哀しむことができるならば、それが一番と思います。

想像できないほどの深い悲しみと喪失感と孤独と
日々闘っておられるのでしょうね・・・
優しい息子さんや可愛いお孫さん
親身になってくださる若いご夫妻がいても
紛れる事はないのでしょうか・・・
私達夫婦には子供もおりませんから、残されるなら・・・
などと考えることも少なくありませんが
正直今はまだわかりませんね・・・
ただ、ば~ば様には頑張ってほしいと願うのみです
次に会う時までしっかり生きることしか私達にできることは
ないように思えます。

heart応援を頂いている皆様
いつも温かなお心で支えて頂き、それが私の明日への力です、感謝致しますconfident


pencilpersian様
父も兄も叔父も居ない私の信頼できる身近な年長男性は夫だけでしたからねconfident


pencilchika0w0様
血が繋がらない夫婦の愛情は壊さぬように積み重ね築いてきたもの、血縁者とは違う二人の努力・歴史・人生そのものだと思えますconfident


pencilみどり様
血の繋がりのある者は一般的には生まれながらに愛し愛されますが、夫婦の愛は出会ってから二人で壊さぬように守ってきた結晶でしょうかconfident


pencilsiawasekun様
いつもお気遣い頂き応援してくださることで頑張れますことに感謝致しますconfident


pencilやまがたん様
一緒に暮らす家族、子育ての協力し合う夫婦…いまの刻はだいじですよねsmile


pencil背黒シマネコ様
一人っ子の父が亡き後、私の傍に身内の年長男性は一人も居ませんでした、誠実な夫との出会いは私は勿論ですが母にも心強かったんだと思いますconfident


pencilエイ様
まずはいつか再びあの世で会えると信じて、その時に「あなたの想い通りに生きました」と胸を張って飛び込んでいける自分で居なくてはね~smile


pencilMONA様
「楽しく生きなさい」と言い残した夫の想いに早く酬いたいのですが~confident


pencil過労死予備軍様
明るくしていようと努めても、突然のように襲ってくる切なさの持って行き場が無くて…夫の庇護の下で明るく自由にしていられたんだと痛感しますconfident


pencilプチトマ様
同じ目的に向かい時間を積み重ねてきた夫は我が身同然、我が身だから痛いthink

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