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2012年6月12日 (火)

遊子哀しむ

spadememo美味しく食べられることが健康の証、みんなの『美味しく食べたい』思いが続きますように。

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上高地の梓川に沿った道を歩き、立ち止った時に、ふとこの詩が口に出ました。Rimg0023

「小諸なる古城のほとり」島崎藤村の詩です。

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この詩は、1900年に「旅情」として発表され、その後現行の題に変えて『落梅集』に収録されたもの。
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のちに藤村は、自選藤村詩抄として「小諸なる古城のほとり」と「千曲川旅情の歌」合わせて『千曲川旅情の歌一、二』としています。

「小諸なる古城のほとり」

小諸なる古城のほとり          雲白く遊子(いうし)悲しむ
緑なすはこべは萌えず          若草も藉(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡辺(おかべ) 日に溶けて淡雪流る

あたゝかき光はあれど          野に満つる香(かをり)も知らず
浅くのみ春は霞みて           麦の色わづかに青し
旅人の群はいくつか           畠中の道を急ぎぬ

暮行けば浅間も見えず          歌哀し佐久の草笛
千曲川いざよふ波の           岸近き宿にのぼりつ
濁(にご)り酒濁れる飲みて       草枕しばし慰む

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「千曲川旅情の歌」     

昨日またかくてありけり         今日もまたかくてありなむ
この命なにを齷齪            明日をのみ思ひわづらふ

いくたびか栄枯の夢の          消え残る谷に下りて
河波のいざよふ見れば          砂まじり水巻き帰る

嗚呼古城なにをか語り          岸の波なにをか答ふ
過し世を静かに思へ           百年もきのふのごとし
                   

千曲川柳霞みて             春浅く水流れたり
たゞひとり岩をめぐりて         この岸に愁を繋ぐ

なぜ急にこの詩が頭に浮かんだのでしょう。

詩に歌われているのは早春の千曲川、私が佇んでいるのは初夏の梓川。

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たぶん場所や光景ではなく、藤村の心情に近づいた気がしたのでしょうか。

“旅人の群はいくつか”あれど、中で私は“たゞひとり岩をめぐりて”流れに沿い“遊子悲しむ”でしたから~。

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新緑の原生林の中を、独り気ままに歩き、気に入った河原の朽木に腰かけて既成の弁当を食べ、周りの人びとから離れて、ただ自然に身を任せて…。

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でも、藤村の詩は浮かびましたが、自分の詩句は一節も浮かばなかった~~。

最近は何の活動もしてませんが、私も“日本詩人クラブ”の会員なんですよね~。

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今夜は牛肉とレタスのオイスターソース炒め(新トウモロコシ添え)。Rimg0003

他にはアボカド納豆、きんぴらごぼう、オクラとなめことメカブのポン酢、ポテトサラダ。

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夫の思いに酬いるように、元気に生きて行きます。

どうぞ、変わらずに見守って頂けますようお願いします。

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改訂《ば~ばの食べ物事典》ご参考になれば幸甚。

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コメント

ばーば様、こんばんは。
緑の時期の上高地を散策されて、命を身の内に取り込まれたことでしょう。
旅は人生とも。あるいは夢幻であっても心を遊ばせたいと願う場所かもしれません。

幾山川越え去り行かば 寂しさの果てなむ国ぞ今日も旅ゆく
白鳥は哀しからずや 空の青 海の青にも染まず漂う
(若山牧水)

旅に病んで 夢は枯野をかけ廻る
(芭蕉)

旅は己を取り戻す場所。そして倒れてなお、心のなかで追い求めるものが命ではないかと思います。
ばーば様、自分の思いを言葉につむぐには、時間が必要でしょう。取り戻されてはいかがでしょうか?

藤村の「小諸なる古城のほとり」はあまりにも有名で懐かしく思いましたが、私は、上高地の散策の時には全く思い出しませんでした。(詩とは無縁の生活です(~_~;))
ば~ばさまは、詩人なんですよ。
また作る楽しみをゆっくりと取り戻されたら素敵ですね。

素敵な場所誰にも邪魔されずに好きなだけ堪能できたようでよかったですね。
私はここも千曲川も行きましたが詩心無しです。

clover 藤村の『小諸なる古城のほとり』の詩は、ほんの最初しか知りませんでした。
調べるキッカケをいただき感謝していますconfidentshine

>たぶん場所や光景ではなく、藤村の心情に近づいた気がしたのでしょうか。

・・そうですね。
じ~じ様を偲びながら、気分転換のためにお出かけになるひとり旅。
どのような場所や光景をご覧になっても、どっしり根の生えた寂しさを
いつもお抱えなのだと思いますsweat02

行き交う人々に、流れる白い雲に、孤独をお感じになるかもしれません。

「じ~じ様は常にば~ば様とご一緒ですよ。
一心同体なんですよ。
美しいものをご覧になれば、同じ感動をされ・・
美味しいものを食されれば、きっと舌鼓を打っていらっしゃいます」

そう言って、ば~ば様の手を包んで差し上げたいけれど・・。
お心は満ち足り 欠けたりを繰り返す、お月様のようでしょう。


それでもいつか、今よりずっと心がお元気になられたら・・是非また
ペンをお取りください✿
ば~ば様の書かれる詩、ずっと楽しみにしていますhappy01clover

heart応援を頂いている皆様
いつも温かなお心で支えてくださり感謝致します、頑張っておりますconfident


pencil過労死予備軍様
いつもは思い付く言葉をメモ的に書き留めてはいるのですが、一つの詩にするにはそれらを削いで磨いて時には捨てて…生みの苦しみです。
今はまだそこに行けませんが、いつかは遣らなければいけない作業ですconfident


pencilpersian様
詩人としての作品を残すことは楽しみと言うより苦しみですconfident


pencilみかん様
上高地は何度行っても心に何かしらの得るものがありますねconfident


pencil背黒シマネコ様
>どっしり根の生えた寂しさをいつもお抱えなのだと思います
そうですね、だからこそ過去に二人で行った場所、夫から話に聞いた場所でも感じ方が違うし、新たな自分も見えます…いつもありがとうconfident

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