« あの時の彼と私 | トップページ | オトコの友情 »

2012年7月16日 (月)

呼ぶのを躊躇ったのは

sleepymemo美味しく食べられることが健康の証、みんなの『美味しく食べたい』思いが続きますように。

.

夫にモルヒネを流し始め、意識が朦朧とし始めたころ…まだ子どもたちや孫たちが呼びかけると反応して。

だから、子どもたちや孫たちには「じ~じ」の最期の笑顔が印象に残ったかと思うのです。

.

でも、私には朦朧とした意識で「おしっこ」と起き上がろうとし、看護師さんの「パッドを当てましょう」に首を横に振ったのが最期でした。

.

「あなたにはきっと最期に“ありがとう”と言います」と断言していたのに~。

意識が無くなり、すべての反応が薄れていく中で看護師さんが「呼びかけて、もっと呼びかけて!」

でも、私は呼びかけられなかった~~。

.

ちょっとでも体を横にすると苦しくて、MRIもCTも撮れなかった夫が、ベッドに平らに寝て酸素吸入とはいえ平穏に寝ているんですもの。

10ヶ月余も横になれなかった夫が横になって安らかに寝ている…。

呼びかけて目を覚ましたらまた苦しむかも知れない…だから目覚めさせるのが躊躇われて。

.

あの状態で、呼びかけても目覚めることは無かったと思うし、目が開いたとしても意識は無いのだろうし。

でも、呼びかけてと言われて出来なかったことがなぜか今頃苦しいの。

.

必死で呼びかけて、でも最期は来る…それは逝く人のためじゃなく残る者の重荷を少しでも軽くするためだったのでしょうか。

苦しませたくないから、敢えて『黄泉の国』に向かう夫を呼び止めなかったのだけれど、冷たい妻だったでしょうか。

.

思い返せば父の死に目に遭ったのも私だけ、電気ショックで跳ね上がる父を見て「もう止めて~~穏やかに逝かせてあげて」と思いました。

でも、そんな思いは母にも言えなくて、ずっと胸に仕舞い込んでいましたが~。

.

看護師さんは「呼びかけろ、声をかけて」と言いますが~。

断末魔のごとき苦しみから呼び戻すと楽になれますか?

父も夫も本当の最期は私だけが看ました…逝く人を呼び止めることの意味、私の生涯の悩みでしょう。

.

呼び止めたら振り向いたのでしょうか?、何かちょっとでも変わったのでしょうか?

酒の量が増える中、いつもそこで思考が絡まり解けなくなります。

.

**************************

今夜はスルメ烏賊の浸け焼きです。Rimg0003

他には焼きナス、なめこ納豆、ニラの卵とじ、ジャガイモと牛蒡天と角コン煮物。

.

夫の思いに酬いるように、元気に生きて行きます。

どうぞ、変わらずに見守って頂けますようお願いします。

人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ応援してくださいね~o(_ _)oペコッ

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

crown富士通Azbyclub『プラチナブログ』殿堂(08・5)入りhappy01

改訂《ば~ばの食べ物事典》ご参考になれば幸甚。

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

« あの時の彼と私 | トップページ | オトコの友情 »

コメント

誰に話し掛けているの?
誰に聞いて欲しいの?

人にはそれどれ生きてきた道があります。
ば~ばさんはご主人の苦しみと一体になって
生きてきたので最後は安らかに逝かせて
やりたかったのだと、思います。
酷のようだが、済んだ事何時までも悩んでいると、それがストレスになり、私みたいに訳のわからない病気になると困るので、気持ちを切り替えられるものならそちらの方に気持ちを切り替えるように良く考えたほうが良いですよ。

前にも書きましたが、私は去年の今頃は具合が悪すぎて
病院の診察室にもアイスノン頭につけて
口もきくのもしんどくて、具合の悪さをプリントして
入院させてくれともで書いて先生に診てもらったが
答えは消化器科に行け、自立神経失調症そのものだ
で終わりでした。

pencilとんちゃん様
ブログって、誰かのために書くのですか??
私が今の想いをぶつける場でもいいのではないかしら。

>誰に話し掛けているの?  誰に聞いて欲しいの?

そんなメッセージの場でしょうか、それなら私は何も書けない!。

ば~ばさん、そんなに神経質に考えなくて良いと思いますよ。ご主人の病気と二人三脚で一緒に生きてきた記録
読ませてもらっていた身には、さもあらんと思います。
この方はこの方なりの心配で書いたのだ思いますよ。

でも、とんちゃんさん、どうせ書くのならもう少し愛情のある書き方したほうが良いと思いますよ。

私は、文章が苦手なのでこれでも、誤解されないように
一生懸命愛情持って書いています。

ば〜ばさま。。。

こうして文字にできるようになられたことに、少しホッとしているんですよ。

心の中の思いを文字にすることができたということは、自分の気持ちを少し整理し、その時の自分から少し離れたところからみられるようになった証だと思います。

娘を亡くしてもうすぐ10年。まだ彼女のことを話すことができないのです。。。もちろん尋ねられればさらりと応えますが......。

でも文に綴って、自分の思いを吐露することで、少しずつ少しずつ前に進んできたような気がします。でも、3歩進んで2.8歩下がっていますが。。。

そして........。私も旅立つ人に呼びかけないと思います。呼びかけてしまうと、心はこちらに残りたい、でも肉体は否応無しにあちらに引き寄せられている。。。という葛藤を生じさせてしまいそうで。。

こういう場面では、人それぞれ、感じ方も捉え方も違うんでしょうね。正解はないような気がします。

ごめんなさい。

heart応援を頂いている皆様
いつも見守りご支援頂く大きなお心を身に染みて感じています、感謝!confident


pencilみかん様
ごめんなさい、誰しもが夫の亡き後の苦痛や悲壮感を同じように味わうとは…状況の同じ人が見てくださってるとは限りませんものね~少し甘えがありましたthink


pencilじゅんこ様
残る者が想いを伝えるのも文章にし記事にすると難しいです、曲がって伝わることもあるでしょうし~~切ないconfident


pencilとんちゃん様
日頃のあなたの想いを知っていますから、大丈夫。
娘のような辛口の応援だと思い直していますsmile

心の叫びと解釈しましたので、あのようなコメントをしてしまいました。
本当は、もっと長いコメントでしたが、失礼にあたらないようにと省きに省いて投稿してしました。
言葉足らずの性格は、治りませんので、コメントはこれを最後にします。
迷惑、不愉快な想いをさせてすみませんでした。

呼びかけるのか、呼びかけないのか・・・
難しい問題ですよね。

呼びかけたことで我にかえって…という話も聞くし
でも、それは発作などのショックで倒れている場合?!

やっとやっと横になっているじーじ様を見たら…
確かに声をかけて呼び戻そうとは思えないと思います。

「有難う」と言えなかったのは心残りかもしれませんが
呼び止めずに送り出してくれたばーばさんには感謝していると思います。

でも↑でもありましたが、こうして書くことで少しでも
心の重荷が軽くなっていたら良いなと思います。

私も過去の辛いことをずっと背負っていたのですが
今の夫が会う度にいつもいつも色々全部聞いてくれたお陰で
その辛いことの詳細が今は思い出せないんです。

正面切って言えなければ手紙でも良いし~
ブログでも勿論良いだろうし~お酒の力を借りても良い!!

もともとブログって自己満足の、自分の為の物ですから
自分が書きたいことを思い切り書いて吐き出してしまって下さい!
書けば書くほど…心が整理されて軽くなるといいな。
応援

ばーば様、こんにちは。
暑い毎日が続いていますね。涙と共に過ごしていらっしゃるなら、いつもより余分に、水分と電解質をとってくださらなくてはなりません。

一昨日の記事、この記事を拝見して、私は少し安心しました。
辛い時間を振り返ることであっても、それを外にだすことができるようになったことは、気持ちの楽になる過程の望ましい動きだからです。
行きつ戻りつしながら、揺れる心と共に、生きていかれる道筋です。

愛するものを喪った悲嘆は、消えることはありません。ですが病的な苦しみに囚われてしまうことなく、次の時間を生きるために、新しい価値観を作り出していっていただかなくてはなりません。
ここ数日、ばーば様が書かれている記事は、グリーフワークの第二段階、喪失体験を繰り返し苦痛をもちつつ回想する、に近く受け止められます。

ですから、ばーば様。切ないし、答えのでない問いかけであっても、それは必要な正しい情動です。
言葉を吐き出すのではなく、自分に問いかけ、整理していく過程であってほしいと、願っています。

呼びかけは、二通りの意味を持つといわれています。
ひとつは、送る者、生きていく者への別れの儀式と、慰めのためのものです。
呼んだら、気持ちが戻って、こちらがわへ帰ってきてくれる。それを繰り返していくうちに、呼んでも帰ってこなくなる。それは別れの儀式として、その後の人の気持ちを軽くしてくれるからです。

呼びかけのもう一つの意味。それは死にいく脳の混乱を防ぐ刺激といわれています。
聴覚は最後まで機能しています。声は脳のなかの最後に残る部分に届いていることがわかっています。
死とは脳が始めて体験する経験です。コントロールを喪失する脳に生じる混乱をさける効果が、近しい人の声にはあるのでは、と解釈されています。

ばーば様は、じーじ様に生きていてほしかったけれど、苦しみ続けるじーじ様に、これ以上頑張ってといえなかったのでしょう。だから、呼びかけなかったのでしょう?

その呼びかけを拒んだ気持ちが、ばーば様の別れの儀式を完成させられなかったのではないかと思います。
そして、献体という選択があったので、葬儀による告別の儀式も完成していない、と思います。

そしておそらく。じーじ様が最後にありがとうと、ばーば様に伝えられなかったこともまた、ご自分を責める気持ちの底にあるのかとも。。。拝察いたします。

じーじ様は、ばーば様のためにずっと生きていたかったと思う。だから、ありがとうをいえなかったのだと思います。
そして、同時に。
人としての誇りで自分を律していたからこそ、下の自立を手放さずに逝きたいと願ったのでしょう。痛みに耐える身体は、ごめんなさい、逝かせてください、と伝えたかったのだと思います。
それが、ばーば様が抱きしめたときに流れた涙にあらわされているのではないかと、思ってさしあげてください。

言葉足らずでもあり、差し出た言葉だとも、思います。ごめんなさい。
でも、生きていかれるための、正しい過程の中にあると、ばーば様にお伝えしたかった。あえてこのコメントを残します。

暑い夏の夜。扇風機はタイマーにして、お酒はお水やお茶とともに召し上がってください。お食事もとってくださいね。
私が知っている、blogの中に書かれたじーじ様は、ばーば様が健やかに生きていって欲しいと願ったはずですから。

ば〜ば様 こんにちは。
ば〜ば様が呼びかけなかったのは優しさからだったと思いますし、じ〜じ様の病魔との闘いを見届けたからこその行動だったのだと思います。私もその時は、そう送りたいと思っています。叫んで呼びかけて、夫の最期の顔が眼を見開いた形相というのも嫌だな…との思いもあるのですが。
じ〜じ様には、ば〜ば様の思いが伝わっていると思いますが、じ〜じ様の思いは汲み取るしかないですものね。夢にじ〜じ様が現れて、平穏に寝かせてくれてありがとうと言ってくれますように…。

pencilとんちゃん様
そんな寂しいことを~、私自身が自問自答の日々なので心が乱れ易いのですconfident


pencilchika0w0様
自分で自分に問いかけて答えを探す…答えは出なくても何かしら見えてくることもあるし、で、半歩ずつでも進み出せればいいと思っているのsmile


pencil過労死予備軍様
最良の答えは無いのかもしれませんが、自問自答しながら行きつ戻りつしているうちに気が付けば元の場所とは違う処に来ている…そんな感じでしょうか。
泣いたり悩んだりしている間に、少しずつ抜け出しているのかも知れませんconfident


pencilよりまる様
正解の出ない問題に悩んでいるのでしょうね、そのうち自分なりに納得出来る時が来るのではないかと思っていますsmile

ばーば様、初めまして。
昨年2月に夫を食道がんであっさり連れて行かれてしまい、今も、大きな悔恨の塊を背負って、息も絶え絶えに暮らしている者です。
夫の消えた後、ブログを逍遙しているうちに、ばーば様のブログに出逢いました。
過労死予備軍様のコメントが、まるで自分に語りかけられているように錯覚してしまいそうでした。毎日黙って拝読させていただいておりましたが、今日だけ、そのことだけ、コメントをさせていただこうと思いました。
いつも、ばーば様が試行錯誤しながら、お心を行きつ戻りつさせながら、それでも前向きに生きていらっしゃるご様子を、励みにしております。
これからも、どうぞばーば様流の生き方で、書き方で、このブログをお続け下さいますように。
陰ながら、応援させていただいております!
突然失礼いたしました。

pencil見返り老人様
夫が逝って8ヶ月、心は同じところを行きつ戻りつしているようですが、ふと振り返ればほんのちょっと立ち位置が変わってるように思うんですよ。
お互いに、巡り巡る心にもいつかは穏やかな時が来ると信じましょうconfident

ばーば様、お返事を有難うございました。
息も絶え絶えと申しましたが、実は、身内の前でさえ涙を見せたことはなく、まるっきり元気そうに振る舞っています。一人の時だけ、はばからずに大泣きをするのです。
そのせいで、自分の心を余計にこじらせてしまったのかも知れません。命も心も、思うようにはなりませんね。
ばーば様の仰るように、昨年の今頃よりは、涙の量と頻度が減ってきているようには感じます。自然の流れに任せるしかないのでしょう。ただし私の自然とは、元気そうに見栄を張る、ことのようです。
これからも、ブログを楽しみにしております。どうぞ、お健やかにお過ごしください。

pencil見返り美人様
お名前、決して間違えたのではありません、老人では無く“美人ですよ。”。
夫を偲び、切ない日々の中でも、人前ではさり気なく居ようと努めて~~、何とか立ち上がろうとしても立ち上がれ無い、自分の心と闘う気力も失せそう~~。

私ね、歩き回るのが大嫌いでしたが、夫が苦しくても歩きたいと言っていた…それをエールに歩き回っています、いつか歩くのが楽しくなればいいなぁ~とconfident

ばーば様、再度の返信を有難うございます。
このようにばーば様とコメントを交わすことができるなんて、昨日まで思ってもおりませんでした。
お心遣いあるお言葉を頂戴し、また涙が止まらなくなってしまいました。
エンドレスになりそうなので、お返事のお気遣いはもう充分です。
ばーば様とのこの遣り取りが、私には大きな意味を持ちそうな気がしています。本当に有難うございました。

pencil見返り美人(自称・老人)様
Ok!限り無くなるのもね~…でも、同じ思いの私が居ること忘れないで!confident

ばーば様、まさかのお返事に\(◎o◎)/!
はい、同じ思いのばーば様が居て下さること、こうしてお言葉を頂けたことを心の支えにできます。
またいつか、ひょいとお邪魔させて頂くかも知れません。
お元気で、長く永くブログを綴って下さいね!(*^_^*)

追伸
びっくりして、署名を忘れてしまいました。
自称老人です。(ばーば様より少々後輩ですが、身も心も急激に老化してしまったもので・・・)
度々失礼いたしました。

pencil見返り(自称)老人様
自ら老け込んではダメですよ~~、落ち込む時は泣きながらでもいいからいっぱい歩き深呼吸しましょう、少し無我になれます(返信ご無用)happy01

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« あの時の彼と私 | トップページ | オトコの友情 »