« 支えられて・1 | トップページ | 支えられて・3 »

2014年3月25日 (火)

支えられて・2

heart美味しく食べられ、小さな楽しみがある日々…『一病息災』で穏やかに優しく生きていきたい。

.

上京後の学生時代の私は面白いアルバイトをしたり、チョイ無謀なこともあり、そして夫と出会い直ぐに結婚しました。

.

私たち夫婦は、普通に皆様がイメージするような結婚式はしていません。

仲人無し、神社にも教会にも行かず…彼を信じる部下や友人、私の友人が集まっての食事会。

そこでみんなの前での宣誓は、「我々はスポーツマンシップに則り…(ンな訳ないよね)。

私たちは皆様の前で婚姻届に署名し、これからの人生を…云々(忘れちゃった~宣誓したのは彼だし)」。

.

.

でも、私の周りが熱くって「結婚式は別として、子どもが生まれたら花嫁姿の写真くらいは見せたいよね」(それほどでもないけど~皆さんのご厚意を頂戴して)。

.

Rimg0006

私がアルバイトでデザイン画を教えていた和洋裁学院から「これ使って」と教材の白無垢や花嫁ドレスが届きました。

「店内改装のインテリア全てを」と一任してくれた美容院のオーナーからは、それらの衣裳の着付けをするスタッフと花嫁カツラが。

友人のカメラマンが撮影担当で…そんな方々からの祝意の写真。

.

衣裳はちょっと寸足らず(本来は袖が床まで)だし~花嫁カツラは浮いてるし。

写真館じゃないので背景が寂しいし。

それに第一、衣裳が花嫁分だけって、それってチョット??だよね~( ´艸`)プププ

.

いろんな方の連携支援でスタートした私の結婚生活。

.

.

転勤族の夫と結婚したのですから、赴任地~本社~新赴任地~本社…何処にでも付いて行きました。

僅か1~2年の任期でしたが、私は先々で新たな出会いが出来て“苦”とは感じなかったのです。

.

何度も転校させられた子どもたちはどんな思いだったのかしら…でも、親子がいつも一緒に居るのにはそれなりの“いろいろshine”があるのですからね。

子どもたちは、言葉の違いなどからの“いろいろsweat02”もあったようですが、それらを乗り越えて周囲に馴染む術を覚えてくれたかと。

.

夫は、転勤が決まると一両日中に引継ぎなどで多忙になります。

支社のトップは任期も短いし、転任も突然だし、辞令が出たら腰を下ろす暇さえ無かったですから~。

本社にも新任地にも行かなければならないし…荷造りどころか、家にさえ居られません。

.

荷造りもライフラインも、転出・転入手続きも何もかも私が遣るしかないのですもの。

「奥さん、直ぐにもうちの会社で引っ越しのアドバイサーになれるよ」

と引っ越しデレクターに言われた(社交辞令)くらい、手慣れてきました。

.

短い任期の間に親しくなった方々が、荷造り中に「お料理どころじゃないよね。

今夜は我が家で食べて」と呼んでくださったり、手作り弁当を届けてくださったり。

.

夫が40歳代に入り、本社に戻って「もう転勤は無いと思うよ」

「もう、引っ越しは無いんだ~ホッ」(実際には二人目の結婚で夫婦二人になり、結局は今の集合住宅に引っ越しましたが)。

その時の私=35歳、ふと“何か仕事してみたい”熱が出てきました。

.

≪結婚から就職へ≫→仕事やその後へ続きます。

.

**************************

※コメントは非公開で保留の設定ですので、直ぐには反映されませんがご了承ください。

また、悪戯や悪意のコメントは削除させて頂きます。

.

また、“非公開で”の連絡や報告も書き込んでくださいね。

.

強い思いで末期を生きた夫の思いに酬いるように、元気に生きて行きます。

« 支えられて・1 | トップページ | 支えられて・3 »

コメント

実父も転勤の多い公務員でした。転勤にまつわるば〜ばさまのお話、母の話と重なります。父が47、8歳の時、「もうこれで転勤はない」と東京に落ち着きました。私は17歳でした。

私はば〜ばさまのお子さん方のように、転校の多い子どもでした。小学校5校、中学校3校、そして高校は2校通いました。いろいろ、本当にいろいろあったけれど、忙しくしている両親には言えなくて。。。でもいいことも….。引っ込み思案で、いつも母の後ろに隠れていた私でしたが、積極性が身につきました。

今は単身赴任の方が多いようですね。転校も転勤もよくないことばかりじゃないのに、と思います。ひと所でずっと暮らし続けるのも落ち着いた暮らしができるのでよし、引っ越し暮らしもいろいろな経験ができるのでよし。。。でも、もし転勤族の子どもでなかったら、どんな私になっていたのだろうとよく思いました。

ば~ばさまが愛するご家族と歩んだ日々をとても心温かく拝見しました
転勤の続くお仕事は大変でしたでしょうね
でも、離れる事無く家族共に歩まれた事…ば~ばさまの家族への愛が感じられます
その環境を楽しまれたなんて、成熟した大人でいらしたのですね
私のように常に精神不安な人間にはとても真似できる事じゃありません
不思議な事に同じ年代を過ごしたあの懐かしい匂いが文章の端々に感じます
環境は全然違うのにね…๑´ლ`๑
次は、さあどうなって行くんでしょうか…楽しみです。◠‿◠。✿

みなさんの好意に支えられての花嫁衣裳。
完璧でないにしても、思い出に残る一枚になりましたね。
それで十分なのかもしれません。
転勤。この経験ってない私です。あ!アメリカに引越しか。笑
でも、ご主人の転勤が多いと、お子さん達の学校も大変でしょうね。
ばーばさまのお仕事がはじまったのは、それがなくなってからですね。
次回を楽しみにしています。

heart応援を頂いている皆様
いつもありがとうございます、この時期の雨は「花起し」とか「木の芽起し」と呼ばれますが、真っ先に開花した桜は「焦った~」と思ってるかもねconfident


pencilじゅんこ様
コメントをありがとうございます。

転校が続いた子供は苦労するでしょうが、人生の中で決して無駄な時間では無かったと思います。
何処へ行っても遣っていける自信が付いたはずだし、そして、家族が離れ離れに過ごさなかったことを少しでも良かったことだと思って欲しいですconfident


penciltime様
コメントをありがとうございます。

私自身が結婚したばかりで夫と一緒に居たかったし、居るのが当たり前で~ずっとそのままくっ付いて任地に行きました…家族はいつも一緒にって思い込んでいましたから。
札幌では転勤者社宅の立ち並ぶ地域があって、そこの学校では盛大な『転入式』がありましたsmile


pencilみどり様
コメントをありがとうございます。

式場の貸衣装じゃなく、学校の教材ですから寸法合せなんてありません…美容師さんたちの着付けが上手だったのでなんとか誤魔化せてますけどcoldsweats01

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 支えられて・1 | トップページ | 支えられて・3 »