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2014年3月27日 (木)

支えられて・3

heart美味しく食べられ、小さな楽しみがある日々…『一病息災』で穏やかに優しく生きていきたい。

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夫が本社に戻って「もう転勤は無いと思うよ」と武蔵野市に居住。

小さな戸建で、猫の額より狭い庭でしたが、二人の子はそこで中学校と小学校へ。

転勤が無いとなれば、受験も一安心で…そのまま高校~大学と進みました。

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東京に戻った時の私=35歳、ふと“何か仕事してみたい”熱が出てきたのです。

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美大仲間の伝手でアパレルの店舗トレーナーとして働き始めました。

専攻学科が舞台デザイン(フロアもショーウィンドも舞台)なので、商品のディスプレィは何とか評判良かったのですが。

何しろ数字に弱いのでバランスシートが??…決算書が読めないから損益分岐点もピンとこないし、担当各店舗のノルマすら計算出来ずウロウロ。

見かねたバイヤーや古株の店員に教えて貰いながら何とか1年ほど。

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そんなところに、某新聞社から「昨今の新入学生ママファッションをテーマに書いて」との依頼。

その家庭欄全段記事が私の大きな転機になったのです。

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マサカの編集者生活の始まりでした…デザイン科系ではなく文科系での仕事って自分が一番ビックリ。

普通の主婦をしてきた私が一つの記事を書いたことから、フリーレポーターになり、契約社員に。

そして間もなくある冊子の編集長に…そしてB出版系小誌へ…そして主婦であることを忘れそうな仕事と多忙な時間がきました。

Rimg0002_3

(校正室で写真やゲラ(下刷)のチェック中…42~3歳頃かな~こんなソバージュ頭してたんですね)

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PTAの役員も、皆さんが敬遠しがちな広報(新聞/月や会報/年の発行)部長に…どうせ何かの役が回ってくるなら…他の役と違って集まり回数が少ないし。

広報部長の大きな仕事は切り詰めた予算でいかに広報紙を発行するか…安価にいい印刷をしてくれる所との契約。

その一番面倒な印刷所との交渉…私は馴染みの印刷所に助けて貰いました。

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あとは年間のテーマを決めるだけ…それを決める最初の会議だけは出ました。

採り上げる課題と印刷所が決まれば、部長の責任の大半は果たしたようなもの

皆さんが私の多忙を知っていらっしゃるので、主要なことが決まった後は副部長さんとのこまめな連絡で、取材やデータ収集などは部員の皆さんが率先して遣ってくださいました。

私は集まった記事の割り付けや印刷手配、ゲラの校正などを引き受け…それらは仕事の休憩時間でも、帰宅後の夜でも出来ますから。

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徹夜や出張で家に帰れない日が多くなり、自宅に仕事を持ち帰るようになって、夫とは寝室を分けました。

ちょうど娘の結婚で部屋が空き、私は娘の机で仕事し、娘のベッドで寝るようになって…出勤時間を厳守しなければいけない夫と、深夜の方が仕事がはかどる妻には自然なことだったかも。

互いに相手の睡眠を邪魔すること無くTVを観たり、原稿を書いたり…それが逆に二人で一緒に過ごす時間を大事に思うようになって。

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夫も私も勤務地が銀座でしたから、都合が合えばランチデートしたり、帰宅時間が合えば飲んで帰ったり。

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バブルが弾けて、自分自身を過信してキャパを越えた仕事に手を出していた私は借金を負いました。

パニックになった私を黙って受け入れ…そんな私の傍に夫は45年の歳月を共に居てくれたし、子供たちはそれぞれに早々と良き伴侶を見つけ家庭を築き…。

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学生時代にも商店街の人たちに支えられて、お金は無くとも楽しい時代を過ごし。

専業主婦だった転勤族時代には、子どもの“ママ友”に助けられ。

編集者になってからはPTAでの仲間、地元商店の方々、仕事関係の諸先輩、取材先の方々から有形無形の支え。

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いま、私の一番の理解者であり、父のような兄のような夫に先立たれた私は、ご近所さんに見守られ、ブログのお友だちからのランチのお誘いを楽しんで。

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こうして思い返すと、私はいつもいつも多くの方々に支えられて遣って来られたんだなぁー~としみじみ。

(/ ^^)/アリガトーheart01コレカラモよろしく~

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ツマラナイ私の過去伝で、お目汚しをしたこと、ご寛大にご容赦くださいませ。

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※コメントは非公開で保留の設定ですので、直ぐには反映されませんがご了承ください。

また、悪戯や悪意のコメントは削除させて頂きます。

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また、“非公開で”の連絡や報告も書き込んでくださいね。

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強い思いで末期を生きた夫の思いに酬いるように、元気に生きて行きます。

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コメント

いつもは前ばかりみているのに、何かのきっかけで自分の来た道を振り返ることがあります。
その年齢で見方が違ってくるのが面白いの。
後ろを振り返る時って、次に前に進む力を溜めているんだ思います。
きっと、ばーば様もそうなのでは?

ば~ばさまのバリバリキャリアウーマンの時代、
お写真を拝見して有能でいらしたのがよく分ります
あの時代は女性の活躍が陽の目を見た時代ですよね
ご主人様の理解も恵まれましたね
自分の道を自信を持って切り開いていく感じが爽快で
読むのに力が入りました…☝(๑’ᴗ’๑)素敵!現在に至るですね

うふふ
お写真の髪型とファッション。懐かしいです。
ソバージュはやりましたね。私も同じだったかも。笑
主婦だった奥様に、仕事をすることを許可されたご主人。
なんと、お心が広いお方だったのでしょうか。
日本では、通勤時間などのこともあって、共稼ぎをしながら
子育て。この両立は、大変でしたね。
借金をおった。それも、ばーばさまを大きく成長させて
鍵となったのでしょうか。私もこれからジャンプをしないと
いけなくなりました。ただ、ちょっと年をとりましたね。
おっと、腰が痛いかも。

バリバリのば~ばさん、素敵~☆
一所懸命生きてる人を見逃すわけもなく
沢山の方が支えて下さったんですね。

同じ年代の頃の私・・・のんびりだったなぁ(今もだけど・・・)
全く違う世界で生きてたんだなぁ~って、妙に感心しました。

私の後ろ姿、子ども達にはどう映ってたんだろ?

heart応援を頂いている皆様
コメントをありがとうございます、初夏のような気温かと思えば肌寒かったり…ご自愛くださいねconfident


pencilMONA様
コメントをありがとうございます。

しなった竹が反動で大きく振れるように…そんなしなやかさはもう無くなりましたが、何かに向かいたい気持だけは残っていますsmile


penciltime様
コメントをありがとうございます。

自分が尖ってあちこちにぶつかっていると自覚していました、丸くなることは生き易いけれど何かを削り落としたのかも…夢中になれた時代でしたcoldsweats01


pencilみどり様
コメントをありがとうございます。

まだ、少しだけ若さが残っていたのでしょうね、いまなら立ち直れない大きな失意と借金でした…好きに遣らせてくれて、失敗も受け入れてくれて、夫への感謝の大きな一つですconfident


pencilチーちゃん様
コメントをありがとうございます。

私が人様から見ても活躍してるように見えたのなら、それは夫が陰で支えていてくれたからですsmile

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