ピエロともお別れかな
美味しく食べられ、小さな楽しみがある日々…『一病息災』で穏やかに優しく生きていきたい。
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いま、終活処分でお別れしようかと迷っている物が幾つかあります。
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もう30年余も私の傍らに居て、いつも無表情のようで居ながら何もかも納得してるような彼も。
ある信販会社のキャラクターとして作られ、頂戴したのですが…これ以来ピエロに惹かれました。
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“道化”…古今東西に道化で糊口を凌いできた人々の哀切は通じるものがあるでしょう。
日本では越後獅子、三河万歳、角付け…一口には道化とは言えませんが、通じる哀切がありませんか。
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とくに障害者が福祉制度の無い時代に生き延びる過酷さ…道化や角付けしかなかった時代。
出雲の阿国のように踊りでは生き抜けない盲目の女性は三味線を手に流し歩く芸を身につけました。
ほぼ全国的に瞽女と呼ばれる人たちの足跡はあります。
瞽女の弾き唄いは底抜けに明るく、ときに哀切の極みを感じさせ、彼女たちを迎え入れる庶民にとっても安らぎだったのかも。
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女性ではありませんが、津軽三味線の名手と言われた高橋竹山さん…渋谷の【ジャンジャン】でお目にかかりました。
「私は盲目のオトコ三味線弾きとして、芸を極めるほかに食べる道が無かったのですよ」…意味も奥も深すぎる言葉です。
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イタリア映画の『道』を最初に観た時の私は、まだ未熟で意味が理解できなかったのですが…数年後に改めて観た時の衝撃。
道化の哀しさ、切なさはあの映画のヒロイン・ジェルソミーナから知った気がします。
生きるため、生きていくのには自分の涙を他人の笑いに変えなければ~。
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チャップリンの映画が人々を惹きつけたのも、彼が画面から送りつけるピエロ的哀愁…哀しみを笑いに変えるエネルギー。
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ディズニー・アニメにもいろんな形でピエロが登場します。
ピエロって誰もが持っている心の一部…ピエロは道化る芸に哀しさを閉じ込める?。
自分の辛い感情を化粧や衣装で隠して笑いの芸を振りまく…それで誰かが笑顔になってくれたら。
ピエロは人間の哀切を人の幸せに換える究極の演技者。
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ピエログッズも集めたし、自分でも幾つか作りました。
真ん中の微睡むピエロは幾つ作ったかしら?、いろんな方に請われて行きました。
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ふと気が付けば私自身もピエロかしら…哀しくても笑っていられる。
いえ、人は多かれ少なかれピエロ的部分を持ってませんか…泣き笑い。
笑顔に怒ったり不愉快になる人はいませんから、私はずっと笑顔でいましょう…出来るだけ本当の笑顔で。
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もうピエロさんたちともお別れしなくちゃ~かな。
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強い思いで末期を生きた夫の思いに酬いるように、元気に生きて行きます。
コメント
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沢山のピエロ傍において眺めていたのですか。
おバカなみかんピエロの人形など・・・何も考えたことなく
自分の悲哀を心で嘆いていただけです。
投稿: みかん | 2014年6月25日 (水) 16時29分
えー!!!他人事ながら辛い結論ですね…༼༼๑→ܫ←p༽༽
この中にば~ばさまの作品もあるんじゃないですか…o( ≖ˇ﹏ˇ≖)o
人のお別れに口は挟めませんが…ば~ばさまの切ない気持ちがよく分ります
本当に大がかりに断捨離やってらっしゃるんですね
お疲れが出ません様に…体力をつけておいて下さいね…ᕕ(→ܫ←)ᕗ⁾⁾
投稿: time | 2014年6月25日 (水) 16時33分
コメントをありがとうございます。
おバカは私…自分で受け止められない悲哀を人形に託して、哀しいたびに作って増やしてしまった
。
コメントをありがとうございます。
最後の写真で、特に虹色の風船のようなピエロは幾つ作ったか分かりません、私も気に入ってましたがたくさん貰われて、それだけで充分…体が動くうちに片付けたい物がいっぱいあります
。
投稿: ば~ば | 2014年6月25日 (水) 17時06分
長岡で瞽女をして105歳まで生きた方(名前は忘れましたが)の本を読んで、衝撃を受けたこと思い出しました。
高橋竹山さんの映画も雪国で門付けをして生きていく厳しさがひしひしと伝わってきて、今でも記憶に残っています。
生まれたからには死を迎えるまでどんなに辛くても生きていかなくてはならない。
それを教えられました。
投稿: MONA | 2014年6月25日 (水) 21時35分
コメントをありがとうございます。
最後の瞽女と言われた小林ハルさんですね、本は自著ではありませんが不屈の精神で壮絶な人生を生きてこられた…高橋竹山さんも同じような人生を歩まれたのに他人には穏やかでした
。
投稿: ば~ば | 2014年6月26日 (木) 10時08分
100歳でなくなった義母がね。
大きな家を売却して、アパートに引っ越しました。
そのほうが安いからです。
家財道具を十分の一に減らしましたよ。
それから、亡くなるまで数回引越しをするのですが、
むろん家財道具も減っていきました。
思い出。どこまで残すのでしょうね。
投稿: みどり | 2014年6月26日 (木) 11時46分
コメントをありがとうございます。
入院が重なるので今後を考えて必要最小限の品だけに、とは思うのですが最小限の線引きが難しいです…いずれは業者頼みと思えば、他の物もその時に纏めて処分でいいかとも思いますしね
。
投稿: ば~ば | 2014年6月26日 (木) 13時04分
ば~ばさん こんにちは^^
辛い時こそ、笑顔で・・・なんて
無理よね
ピエロの赤いお鼻に癒された人
沢山いらっしゃるでしょうね
残しておきたい物沢山あるけど
私もそろそろ・・・かな、断捨離。
投稿: チーちゃん | 2014年6月26日 (木) 15時45分
コメントをありがとうございます。
奇抜な化粧や衣装に哀しみを隠して笑って貰う…福祉の無い時代はそれが命の糧だったのね
。
投稿: ば~ば | 2014年6月26日 (木) 16時01分
下重暁子さんが取材して書いた本です。
ひたむきに生きる。
自分だけでも大変なのに弱い者の面倒をみる。
それが裏目に出る。
一人で生きるよりも、不幸になっても誰かと一緒に生きるのが人間であることなのかなと思いました。
投稿: MONA | 2014年6月26日 (木) 20時34分
再度のコメントをありがとうございます。
人はその字のように一人では成り立たない…艱難辛苦を伴うとしても人が“ノ”では哀しく寂しい
。
投稿: ば~ば | 2014年6月27日 (金) 09時11分