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2015年10月 1日 (木)

アダルトチルドレン

school美味しく食べられ、小さな楽しみがある日々…『一病息災』で穏やかに優しく生きたい。

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968カンパニュラ・アルペンブルー(8月初めに咲きました➣)。

星型の青い花に、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のカンパネルラを思いますnight

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主人公ジョバンニの唯一の親友だった彼は、ある夜…煌めく銀河の星の一つに。

寂しさが想像や架空の世界を生むことがあるそうです。

カンパネルラは、居場所を失い孤独を噛みしめていたジョバンニ自身だと言う説が。

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“アダルトチルドレン”という言葉をお聞きになったことは?。

これを「子どものような大人」「大人になりきれていない未熟な人」と解するのは大きな誤解。

幼少期に親から身体的 or 精神的 or 心理的に虐待または過保護、過干渉を受け続けて成人し、その体験がトラウマ(心理的外傷)として残っている人のこととされます。

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そんな人は、こんな成長をしてくることが多いそうです。

  • ピエロタイプ=心におどけた仮面を被り不安を隠してきた
  • 世話役タイプ=親や周囲の面倒を見てきた
  • 居なくなった子タイプ=存在しないふりをして生き延びてきた
  • 空想に浸るタイプ=心中の仮想世界でのみ自由になれる
  • ヒーロータイプ=家族の期待を一身に背負ってきた

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女優でタレントの東ちづるさんは、自らの著書『“私”はなぜカウンセリングを受けたのか』で、アダルトチルドレンと鬱状態という自らの体験を綴っています。

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ずっと“イイ子”“優等生”を演じ続けてきた彼女、第一志望の大学を不合格になり、母から「あなたにはガッカリした、この18年は何だったの」と言われて…自分を責める“うつ”の始まり。

その当時の記憶はぼやけて不鮮明だと言います。

カウンセリングした医師の「それは記憶の解離ですね、忘れることで救われているのかも知れません。

そうならば、解離してよかったですね」という言葉を聞いて心がスーッと軽くなったと言います。

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そこから、しっかりと<ほんとうの私>と向き合おうと“生きなおし”という心の旅に出た母と娘。

「いい子でなくていい」「頑張らなくていい」「私はわたしでいい」―その体験を出版。

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この本に出会った時は「同じ思いの人が居た」と涙が止まらず、過去の靄が少し薄れていく気がしました。

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これと同じような体験が私にもあり、私も高校時代の記憶が不鮮明なのです。

私が同窓会に出て、同期生たちに求めるのは当時の私との思い出話。

訊かされる話の殆どが私の記憶には有りませんが、少しずつ新鮮な思いで高校時代が蘇ってきます。

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私も母が望む“優等生”を演じ続けていました、母の笑顔が翳ることの無いように~。

テストは100点が当たり前、通信簿はオール5…学級長で生徒会長で、誰にもウケが良く。

中学では成績が廊下に張り出され、その成績でクラス分けされました。

成績がトップ3を維持している限りは、母が私に向ける表情が温和。

おかげ様(??)で、伝統ある進学校・名門県立に上位合格…でも、私の挫折はそこから始まったのです。

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県内各地から優等生が集まってきたのですから、中学の時のように常に成績が上位とはいきません。

母の期待が苦痛になっていたのに~と言って反逆して不良にもなれず。

私の成績は次第にdownwardrightで、そのうちに遣る気もdown…母が私に向ける関心が薄れていくのが分かりました。

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夫と出会い、彼との暮らしの中で、やっと私の心が自由になった気がしたのです。

その後、私が編集の仕事を始め、特集記事や編集責任者に名前が載るようになり…。

そんな新聞や本を、母が宝物のように大事にしているのを知りました。

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私の母を思う気持ちにも変化が出てきて、次第に母に優しくなれたと思っていますが。

子宮全摘手術を前に、母のことを思い出しています。

苦い思い出でしたが、歳月はそんな思い出も懐かしさに変えてくれますねheart01

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コメント

きっとお母さんは体が弱く頑張りたくても頑張れないので娘に期待したと思いますよ。
何て判ったような事書きました。

ば~ばさん こんにちは^^
母と娘の関係って、特殊だもんね
理解し合ってるって、母は勘違いしちゃいます。

とっても優秀なば~ばさん、お母様は自慢だったでしょう
期待されてる・・・・って、私は羨ましいな^^;

>アダルトチルドレン
なんか、淋しい言葉ですね。

pencilみかん様
母は病弱の上に引き揚げ者と言われることに抵抗があったのでしょう、今なら理解出来ますconfident


pencilチーちゃん様
答を間違えて帰ると家で正解するまで膝詰めでした…実力以上の期待をされるのは荷が重かったですcoldsweats01

母原病というのも流行りましたね。
私のは母(養母ですが)は私をネグレクトしていました。
誰にも期待されないというのもなかなか辛いものですよ。
幸い祖母(養母の母ですが)にちょっと厳しいけれど愛情をもらえたのでなんとかなりました。
母は亡くなりましたが、一度も文句を行ったことはありません。
今更言ってももうあの頃は取り戻せないし。
私は明るい仮面をかぶっているのかもしれません。
私の子どもたちが「アダルトチルドレン」だったと、言い出したらどうしましょ。

今テレビや本で取り沙汰されている母親たちも、きっと昔つらい目にあっていたのではないでしょうか。
虐待された子は大人になって自分の子を虐待する割合が多いといいます。
悪いことはどこかで断ち切らなくてはいけませんね。

pencil MOM様
私の場合は“過干渉”でした、とにかく家にも先生が居るようで〜イイ子で当たり前だったから…我が子にとって私は如何だったかなぁ、どうだとしても今更如何しようも無いけどねcoldsweats01

みな多かれ少なかれ、苦しみを持っているのではないでしょうか?
子どもにとって、親はいつも自分より上の存在。
だから「なぜ?」と思い続けるのですよね。
親だってどうにもならないものを抱えて生きているのだと納得した時、初めて同じレベルに立って理解できる。
自分の道を歩いていける気がします。

pencilMONA様
我が子達もきっと私から何かしらの心理的影響を受けたと思います、それが心底で澱になってなければイイのですが〜2人とも明朗なのに救われていますがcoldsweats01

昔は、親の目を通して社会を知り、親に導かれて大人になりました
親が絶対的でした、だから親を尊敬できたんですよね
今はネット社会で、親の知らないうちに親の知らない社会に触れ、学びんでいます
女子中学生が、30代、40代の男と接点を持ち多くの犯罪に巻き込まれています
昔は親の知らない大人と接点を持つなんて難しい事でした
要するに親に守られていた訳ですよね
今はネットの中で物を学び、育てられた子供たちが成人になって来てます
もう私達には想像も及ばない時代です
親子の関係は変わって来てると思います
ば~ばさまのようにお母さまの期待を裏切らないように努力なさった…
私達の頃はそうでした…誠実な良い時代でしたね

penciltime様
親の意見や期待に背くのは“不良”と言われた時代、反逆するのは大変なことでしたね…だから何とか道を外すことなく平穏に生きてこれたのかも~、昨今は子供を甘やかし過ぎかも知れませんねconfident

妹Mは長女(私) 病弱な二女(没) 三女(M) 長男(弟)
の間に生まれました。

ブログの内容とは反対に二女に忙しく、一人息子を溺愛する母の愛情を殆どなく育ちました。
今でいう、極々軽いのネグレクト状態です。

そのMが母の没後「自分がどれだけ母に愛され、こんな事をしてもらった、あんなことをしてもらった」と話します。
『記憶のすり替え』なんでしょうね。
弟は「Mの頭、大丈夫かな?」

他人さまにも話しているようです。

pencilけいこ様
記憶のすり替えや解離、仮想で生きてきたとしても、結果が救われていれば「ヨシ」でしょう…姉弟や友人、配偶者に理解されて素直に素顔になれますconfident

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