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私の10年は?

美味しく食べられ、小さな楽しみがある日々…『一病息災』で穏やかに優しく生きたい

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2011年(平成23年)3/11日(金) 14時46分18.1秒に東北地方太平洋沖に発生した大地震

東日本大震災から10年、確かに復旧した地域も多いですがまだまだ道半ばとも

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復旧はそれなりの資金と資材、技術をもってすれば何とか形態的には可能です

ただ、復興となれば別・・・モノではなく心&気持ち・・・置き去りにされる部分も出てくるかも

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115あの日、あの時間・・・༼༼→ܫ←༽༽

次の入院までの1ヶ月を夫は自宅休養

癌発覚から9ヶ月で4回の手術に耐えた、その弱った体で散歩に

私が掃除中に出て行ったようで

そして、あの激震が(゚Д゚)

慌てて探しに行こうと玄関のドアを開けたら、「タダイマ~、なんか凄く揺れたみたいね」と

安心した途端、口から出た言葉は「黙って出かけないで!、心配するじゃない!」

「声掛けましたよ、お風呂掃除してて聞こえなかったの?、エッ泣いてるんですか?」

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数日後の入院では医療関係者が現地応援派遣でかなり人数が減り、電源も自家発電でアチコチ暗いまま

退院してもティッシューやトイレットペーパー不足で、夫の際限ない血痰や嘔吐を拭き取るのに苦心

日々に弱る夫は精神力だけで命を繋いでいるようでした

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震災の復旧にようやく手が付いた頃から夫の容態は目に見えて悪化・・・私の10年が始まりました

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震災からの10年は、私の10年でもあります

私は復旧したのでしょうか、精神的な復興は??

独りには慣れたと思いますが、未だに眠りの途中に涙で目覚めます

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震災の復旧・復興が進み、災害が思い出に変わるのにはどれほどの時間が要るのかしら

私はそこまで生きていられるかなぁ~

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※悪戯や悪意のコメント、記事と無関係の書き込みなどは削除させて頂きます

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コメント

10年前は ご主人さまが大変な時だったのですね。
あの時は節電節電で、電車の本数も減ってました。
その中でのご看病、ご苦労なさいましたね。
今も、ご主人さまは ば~ばさまのことを しっかり見守っていてくださいますよ。

私事ですが、10年前の地震発生時に、長男は福島第一原発 3号機の原子炉建屋内で働いていました。その日は無事を確認したのですが、3月14日、いつ爆発するかもしれない3号機にこれから向かうとのメール。テレビニュースで爆発したと・・・その後1週間連絡なし。本社にTELしやっと本人と話が出来てホッとしたことでした。

今なお 避難生活を続けていらっしゃる方が4万余りとか、一日も早い復興を願っております。

>hikobae様
ご長男さん、ご無事で何よりでしたが胸の潰れる思いで過ごされた1週間余でしたね
みんな個々に重い記憶を負った10年・・・震災に遭われた方々の懸命な姿勢に救われます

でも~目先のコロナ対応ばかりか10年経ても政府は無策です(。-.-。)))

過ぎ去った10年はあまりにも早く、思い出す事柄も沢山あったと思います。
震災に遭われ路頭に迷った方も大変な思いで、この間を過ごされた事でしょう。

ば~ば様にとっても、最愛のご主人様の看病やらお別れまで、心を痛める事が多かったと思います。

安心した途端、口から出た言葉は「黙って出かけないで!、心配するじゃない!」
「声掛けましたよ、お風呂掃除してて聞こえなかったの?、エッ泣いてるんですか?」

この文を読んだとき胸が熱くなりました。
ご主人様を愛するあまりに出た言葉、ご主人様も愛する妻に心配してもらっていることを十分に噛みしめ、嬉しくて涙したと思います。

優しく包み込んで下さるご主人様がそばで見守ってくれていると思い、頑張りましょう!

>yasu様
あの年、私には物損はなかったけれど大事な人と永久の別れをしました(-_-;)
癌の発見と同時に最期通告されて、蝋燭の炎を消さないようにハラハラしていた1年余
4回の手術は酷だった?・・・でも生きていて欲しかったし~夫も生きたいと頑張ったと信じます

その時から、もう10年…、まだ10年…
価値観が根底からひっくり返った筈なのに、現実の社会はなかなか変わらないでいる。確かにその通りです。
このコロナも10年後はそうなるのでしょうか?
結局、世代が替わらないと出来ないのかもしれません。
ばーば様のこれからの人生をじーじ様が守っていてくださるのですから安心して前に進みましょう。

>もな様
「忘れるから先に進める」という考え方もありますが、忘れてはいけないこともありますし
震災にしてもコロナにしても政権は地位保持が優先、結局は一般の皆が精一杯の知恵と努力と対応で乗り切らなければ変われないのでしょうね ᕕ(→ܫ←)ᕗ⁾⁾

ば~ばさん こんにちは~

あの日、長期出張で東京に住んでいた娘は六本木ヒルズの高層階で仕事をしていました。
娘に「無理な帰宅はしないでと、ニュースで言ってるよ」と言ったのに、娘のあとから転勤願いを出して日本にいた婿殿が、目黒から愛犬を連れて歩いて娘を迎えに行きました。
6月出産予定の娘が、六本木から歩いて目黒まで帰りました。
心配で心配で家についたと知らせがあるまで、何も手に付きませんでした。

私でもこれくらい不安だったのですから、hikobaeさんや、闘病中のご主人さまやば~ばさんのことを考えると、どんなお気持ちだったかと。
天災に人災、いつまで続くのかコロナ。
私は静かな老後を望んでいただけなのです。


>MOM様様
皆それぞれに家族の心配で心がイッパイでしたね・・・被災された方たちの想いや如何ばかりと
いまは世界中がコロナ不安、繁華街で大騒ぎしている若者たちには「家族は居ないの?」 。◔‸◔。

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